オンラインセミナー「Withコロナ時代の戦略的デジタル調達 〜安定した生産、調達業務のイノベーションを実現〜」(主催:アイティメディア MONOist編集部)が2021年2月18日に開催された。その中で、KPMGコンサルティング Supply Chain & Operations Directorの黒木真人氏が「デジタルを活用したアジリティの高いサプライチェーン再編アプローチ」をテーマに登壇し、今こそ求められる、複雑化するサプライチェーンの構造的な再編について語った。
サプライチェーンを取り巻く環境は急激な変化の中にあり、国内外を含めたグローバルサプライチェーンの管理・運用への取り組みは重要度が増すばかりだ。実際、データに目を向けてみても、国際物流に大きな影響を与えている。海上輸送費の高騰や主要コンテナ船の定時運航率の低下といった環境変化に加え、企業経営層の意識変化からもサプライチェーンの重要性が増していることが分かる。
こうした変化の中、サプライチェーンに求められるものは何だろうか。従来のサプライチェーンの取り組みは、在庫充足率やコスト最適化、資産効率の向上といったさまざまな指標をバランス良く保ちながら運営すればよかった。「しかし、それはもう過去のものだ」とKPMGコンサルティング Supply Chain & Operations Directorの黒木真人氏は指摘する。
近年の事業環境の構造変化により、サプライチェーンの複雑さは急速に増しており、従来の資産効率化やコスト最適化がサプライチェーンの求める解ではなくなってきているのだ。例えば、既に起きている事象として、保護主義による特定部材・製品の輸入制限などが発生し、BOMの構成変化やサプライヤーの製造拠点の見直しなどが生じている。さらに将来起こり得る事象として、環境面では炭素税の導入による空輸コストの増大、テクノロジー面では3Dプリンタを活用した現地生産といった流れが考えられる。黒木氏は、こうした事業環境の構造変化の先を見据えることは難しいとし、「従来のサプライチェーンマネジメントの考え方に加え、これからは起こり得る変化に対して、いかに迅速な対応ができるかが求められる」と述べる。
これまでのサプライチェーンの最適化は、需要予測や需給計画の高度化などに取り組む「サプライチェーンプランニング」と、オペレーションの省力化・自動化などに取り組む「サプライチェーンエグゼキューション」のそれぞれで取り組みがなされ、PDCAサイクルを回すことで最適化を追求してきた。だが、これからはプランニングとエグゼキューションに加えて、「構造変化に対する変化力を高める『サプライチェーンストラクチャー』に対して、従来のPDCAサイクルに“デザイン”を加えたループを用いて、短期間かつ実行力のある見直しを高頻度に回す必要がある」(黒木氏)という。このストラクチャーが、サプライチェーンコントロールの前提となるため、しっかりと見直しができていないと、準ずる業務は例外対応やその場しのぎの対応に追われ、サプライチェーン最適化の恩恵を享受できなくなる。
続いて、黒木氏はサプライチェーン再編アプローチについて紹介。まず、サプライヤー再編として、調達トランスフォーメーションの全体像と取り組みについて解説した。
これまでの調達機能は、オペレーションの一機能として、事業戦略から落とし込まれた開発、生産、原価などのさまざまな方針を受け、調達戦略の策定や業務遂行、サプライヤー管理などを行ってきた。「だが、これからは事業課題の解決に直接関わることが期待されている。特にサプライヤーマネジメントは、重要情報・データを有するブレイン機能としての期待が大きい」(黒木氏)。例えば、現地生産回帰が必要になった際のサプライヤー再編準備や、米中の対立が激化することを前提とした事業継続計画(BCP)の検討、COVID-19で生まれた新たなニーズに合致するサプライヤーの探索、さらには技術だけでなく、財務リスクやガバナンスリスクなど、多面的な評価、またはその仕組みの構築と見直しなどが、調達機能に求められるようになる。
サプライヤーマネジメントがブレイン機能になるには、データの有効活用が重要であると同時に、データ分析および日々の取引を管理するプラットフォームの構築が不可欠である。購買システム、ERPで業務を行っているものの、サプライヤーとのやりとりは紙やメールが中心といったケースも多く、情報が分断されていることも少なくない。そのため、サプライヤーのモニタリングも不十分であるケースが多い。「このように分断した状況を、1つの『サプライヤーマネジメントプラットフォーム』に統合することで、関連データを統合的に分析でき、サプライヤーの業績悪化などのリスク検知や、より一層のコラボレーションの充実化を図れる。また、モニタリング時に警告の上がったサプライヤーに対して、詳細実態を確認して、立て直しや業務支援を行う(ディープダイブ)といったことも可能になる」(黒木氏)。
サプライチェーンネットワークの再編では、外部環境の変化に基づく、拠点配置や拠点機能、経路の見直しの必要性が出てくる。サプライチェーンネットワークを見直す際は、外部環境の変化に対して複数のシナリオを用意し、さまざまなコストや制約条件を数理モデル化し、これらを基にシミュレーションを実施して最適解を検討することが求められる。
サプライヤーの再編、サプライチェーンネットワークの再編を実行力の高いものにするために不可欠な生産準備/生産管理の検討におけるシミュレーション活用では、現実世界にある製造工程や倉庫レイアウトなどをシミュレーション環境に複製して“仮想工場”を実現する。「シミュレーション環境で検討する利点は、複数のモデル構築や、複数のパラメータ値による試行を、短時間で評価できることだ」(黒木氏)。この仮想工場の中で、工程設計や生産計画などを検討する。いわゆるサイバーフィジカルシステム(CPS)を構築することになる。
シミュレーションの実施において情報整理の観点から重要なことは、4M(人・機械・物・作業方法)をモデル化し、制約条件を整理して、評価指標を決めてからシミュレーションを実行することだ。特に重要なポイントは「評価指標をあらかじめ決めてからモデルを評価することだ。何を評価するのかによって、シミュレーションモデルで求める情報は異なる」(黒木氏)という。
シミュレーションを実行するモデルを構築するには、対象となる工場/倉庫レイアウトが必要となる。そこに人、機械を配置して制約条件やリソースなどを設定。治具が制約条件になる場合はそれらの設定も併せて行う。さらに、材料投入からどの工程を通り、完成品に至るかまでの流れを示すマテリアルフローを準備する。ここでは工程、各種機械、人員をマッピングしてモデルを構築。実際の製造と同様に検討を行うため、M-BOMやBOPなどの準備も必要となる。「シミュレーションのためのモデル化は、実務者が直感的に使うことができ、目的に応じて単純化しやすいモデルをシステム上で組めることが重要である」(黒木氏)。
変動要因の多い昨今では、全ての要件を積み上げてからシミュレーションを実行するのではなく、把握している前提や事象、達成すべき事項を考慮に入れつつ、迅速に複数回のシミュレーションを行い、実効施策に落とし込んでいくことが必要である。システム開発でいえば、ウオーターフォール型ではなく、アジャイル型の取り組みに近い。
これらのシミュレーション環境をデジタル資産として残していくことで、環境変化が起きた場合は、速やかにシミュレーションモデル上で検討を行うことができる。またこれに伴って、暗黙知化されていた情報がデジタル上で形式知化されていく。「シミュレーション環境の活用は、環境変化に対するアジャイルな対応を可能にする。また実務者の技能伝承の課題に対する解決策の1つにもなると考えている」(黒木氏)。
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アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2021年4月16日