自動車をはじめとする量産品において、初期のデザインの意図を製品づくりに関わる全ての人に理解してもらい、最終製品に反映させることは難しい。その難題を克服しているのがマツダだ。同社の「魂動デザイン」のクルマはなぜ高い評価を得られているのか。「第十三回 SCSK Designers Forum」における、マツダ デザイン本部 辻和洋氏の講演レポートをお届けする。
2017年1月20日に、SCSKが秋葉原UDX GALLERYで開催した「第十三回 SCSK Designers Forum」。「モノづくりの一線で活躍する方々の基調講演とイノベーションをもたらすVR体験イベント」をテーマとして、製造業の技術者に向けたさまざまな講演や、デザインレビューのコラボレーションなどで注目を集めるVR(仮想現実)技術の体験会などが行われた。
イベント冒頭の基調講演に登壇したのは、インダストリアルデザインソフトウェア「Autodesk Alias」や、3Dビジュアライゼーションソフトウェア「Autodesk VRED」などのユーザーであるマツダのデザイン本部で、デザインモデリングスタジオ デジタルデザイングループ マネージャーを務める辻和洋氏だ。「マツダデザインのアプローチ」をタイトルに、高い評価を得ている「魂動(こどう)デザイン」をはじめとするマツダのデザインアプローチについて熱く語った。
マツダは2015年11月の「東京モーターショー2015」で、デザインコンセプトカー「RX-VISION」を発表した。視点や周囲の環境の変化によって絶えず表情が変わる動的なデザインが特徴だ。2016年1月には「The Most Beautiful Concept Car of The Year」を受賞している。
そして2015年6月に発売した4代目「ロードスター」は、2016年の「ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー(WCOTY)」と「ワールド・カー・デザイン・オブ・ザ・イヤー(WCDOTY)」を同時受賞、コンパクトSUVである「CX-3」も、同年のWCDOTYのトップ3に入賞した。近年こういった高い評価を受け続けるマツダのデザインのベースにあるのが魂動デザインというコンセプトだ。
マツダは2009年、フォード(Ford Motor)の傘下を離れたときに魂動デザインの活動を開始した。これは「魂を揺り動かすような、美しい動きを求める」ことを目指したものだ。自動車は年々、環境や安全、コストなどへの要求が厳しくなっており、そんな中で理想のデザインを追求することが非常に難しくなっていた。そんな中であえて「デザインの思いをぶれずに商品化する」(辻氏)ことを目指したという。
そのために取り組んだのが、自動車をデザインする前段階にてアートをデザインする“仕込み”だ。このオブジェは野生動物の動きを表現したオブジェで、魂動デザインの基本となる考え方を形にしたものになる。クルマを直接デザインする前に、まず美しい動きを大事にしながらアートとして表現する。これをベースに、マツダデザインであることを意識しながら、自動車に近づけていく。辻氏は「クルマは美しい道具でありたい。人の手が生みだす美しいフォルムをまとった、命あるアートであり、心高ぶるマシンでありたい」とマツダデザインの目指す方向性を強調する。
2010年9月発表の、魂動デザインを体現するコンセプトカーとして知られている「靭(SHINARI)」を経て、2012年11月にはフラッグシップモデルである3代目「アテンザ」を発売した。この3代目アテンザは、マツダのデザイン開発プロセスの基本となった。続いて2013年に「アクセラ」、2014年に「デミオ」、2015年にロードスター、CX-3、そして2016年は北米向け大型SUV「CX-9」、中国向け中型SUV「CX-4」を投入。魂動デザインを基にするこれらの商品は、一目でマツダと分かるようになっている。
マツダのデザイナーの活動は、自動車そのもののデザインだけにとどまらない。魂動デザインというデザインコンセプトを、モーターショーの展示ブースやディーラーの販売店に展開するとともに、マツダデザインを広く訴えるテレビCMなども手掛けているのだ。「クルマという作品を作った本人が、そのデザインの最も美しい場面や瞬間を知っているはずだ。作品への思いが強いからこそ、その作品を並べる展示ブースや販売店、マツダデザインの考え方を表すテレビCMといった“器”づくりのためのアイデアや強い情熱も生まれる」(辻氏)。
一般的に販売店のデザインは建築専門のデザイナーが手掛ける。しかしマツダのデザイナーは、クルマのデザインでいつも使用しているAutodesk AliasやAutodesk VREDなどを使って販売店の空間デザインを行っている。辻氏は「店舗ごとに周辺環境が異なる販売店のデザインや、専門家である建築デザイナーとの共同作業は、各デザイナーにとって新たな気付きやモチベーションを得る場にもなっている」と説明する。
こういったクルマのデザインにとどまらない活動方針は、社内の生産部門などとの連携を図る際にも好影響を与えている。
例えば「ソウルレッドプレミアムメタリック」という魂動デザインを象徴するボディーカラーは、デザイン部門のカラーの“匠”と生産部門の塗装技術者との共創によって生まれた。「塗装エンジニアが、自分がデザインしていると語り出すくらいに情熱をかけている」(辻氏)。
またデザイン部門のクレイモデラーが手掛けた魂動オブジェは、プレス金型の製作部門の手によって本物の鉄でできたオブジェとなった。コストも手間もかかるが「どうすればその美しさを表現できるのか挑戦してみたい」と自発的に取り組んだ。両部門が互いの技術や哲学を語り合い、モノづくりの本質を考えることで、自分たちの課題を見直すきっかけにもなった。
とはいえ、デザイン部門が関係者を説得するにはしっかりとした準備も必要になる。「単なる3D CADのモデリングデータを見せるだけでは生産部門の技術者にデザインの意図は伝わらない。Autodesk VREDなどを使って、そのデザインの良さを直感できるような見せ方をするなど、かなりレベルの高い準備が必要になる。持てる知見や技術を総動員しなければ相手の心は動かない。ただし、動き始めれば『こんなことまでやってくれるのか』というくらいやってくれる」(辻氏)という。
辻氏は「人は心から本当に良いと思うものに出会うと、役割や立場を超えて行動するようになる。デザインした人の思いが伝われば、これまでの常識やプロセスではできなかったようなことができるようになる」と述べる。
フォード傘下のマツダでは、海外拠点で作られた先行デザインを基に、本社でデザインを完成させて承認し、量産開発はサプライヤーや関連会社で行うことも求められた。ビジネス効率からいえばこれは正しい。だがこの方法では、デザインを担う人がそれぞれの段階で異なり、一体として見ることはできない。「(この体制だと)新しいデザインを生んだデザイナーの喜びや生みの苦しみ、本社がそれをどう育てていったかという思いは(他の工程の人には)分からない」(辻氏)。
そこで魂動デザインを進めるに当たっては、ビジョン構築、オブジェ作りから量産開発、サプライヤーの金型修正まで、一貫した考えでデザインしていくことが決められた。全てにデザイン部門の人間が関わるため、デザイン哲学が途切れず、最終製品に創り手の思いを込めることができる。
2017年に入り、マツダの魂動デザインの商品群は世代交代の時期にある。辻氏は「さらなる高みを目指して、次世代の魂動デザインを次々と生み出しているところだ。マツダデザインは今後も美しいデザイン、クルマづくりに精進していく」と述べ、講演を締めくくった。
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提供:SCSK株式会社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2017年3月12日