2014年6月5日、ソフトバンクモバイルと、フランスに本社を持つアルデバラン・ロボティクスの共同開発による、世界初の感情認識パーソナルロボット「Pepper(ペッパー)」が発表された。人とのコミュニケーションにフォーカスした、人懐っこい顔と、滑らかな動作。クラウドAIによって学習し続けるPepperの世界を、2回シリーズで追う。
身長120cm、体重28kg、小学校2〜3年生ぐらいの体形のPepperに、プロトラブズ社長のトーマス・パン氏は興味津々。興味を持っているのはPepperも同じ。パン氏を見上げて一言。「あなた、若く見えますね」。
モノづくりを支援するプロトラブズが、日本の未来を担うクリエイティブなモノづくりを追う新連載「モノだけじゃない! 日本のモノづくり」。第1弾は、ソフトバンクロボティクス プロダクト本部 PMO室長の林要氏にプロトラブズ社長・パン氏が聞くシリーズを2回にわたってお届けする。1回目は、パン氏が開発の視点から感情認識パーソナルロボット「Pepper」を探る。
(以下、敬称略)
パン Pepperは……男の子でしょうか、女の子なのでしょうか?
林 キャラクター構築時は、13歳ぐらいの男の子をイメージしていました。でも人間とは違うので、結果的に人間の13歳の男の子そのものにはならず、人間の性別や年齢に相当するものはない存在になりました。なおプラットフォームとしては、アプリケーション次第で、動きや話す内容、しゃべり方など、それぞれに性格付けができるように、色も形も含めてニュートラルにしています。
パン なるほど。今までも人型のロボットは作られてきましたが、Pepperはどういう目的で誕生したのでしょうか。
林 いろいろな目的のロボットがありますよね。Pepperがフォーカスしているのは、人工知能が人とどう共生できるかという視点です。人工知能に大事なのは「学習」というプロセスで、コンピュータが学習するには、膨大なデータが必要です。例えば非常に高価なロボットを10台だけ作って、人と会話をさせてもそれほどデータは集まりません。人間のことを理解するためには、非常に多くの経験を積ませなければならない。そのために、安価で大量に展開して、人とのコミュニケーションの機会を多く持ち、人を理解していくという目的で作られました。
パン 人工知能が経験を積むという意味では、ロボットではなく、例えばタブレット端末という選択肢は無かったのでしょうか。
林 おっしゃる通り、最初は「タブレットに手足が生えることにどれだけ価値があるのか」という議論もありました。中身はコンピュータですから、タブレットに手足が生えているだけというのは、間違いではありません。ただ、タブレットと人型では、人間側の受け取り方が違います。例えばSiriと話しても、大きく心が揺さぶられることは少ない。でもPepperが何か言うと、その言葉の裏にどういう意味があるかと考えたり、Pepperのちょっとした間を「考えている」と思ったり、人間側が意味付けをします。人間の脳は、物に対してしゃべる時と、人に対してしゃべる時でモードをスイッチしているようで、人モードになった瞬間に、相手から本能的により多くの情報を感じようとするコミュニケーションモードになる。想像力を働かせ、相手の反応に意味を求めるようになるのです。だから「人型」であることは、人からコミュニケーション要素を引き出すためにとても重要なUIなのです。
パン なるほど。では、この身長やこの顔にも意味がありそうですね。
林 サイズが小さいと持ち運びが楽だし、日本の狭い家にも都合がいいかもしれません。でも机の上に置いたらもうそこから出られませんし、地面に置いたら私たちと見ている世界が異なってしまいます。人工知能のUIとして、人間との会話の前提である周辺環境を共有することが難しくなるのです。そういう意味で、大人が立っている状態できちんと会話ができて、子どもでも少し見上げれば会話ができる身長にしました。
またコミュニケーションで重要なのは、アイコンタクトです。しかも子どもっぽい顔つきだと、人は緊張せずに話ができます。人工知能が人間と自然なコミュニケーションを取るベストなUIとして設計したら、この顔になりました。触られることを前提に作られているので、関節などの可動部分は、制御と構造で、挟まれても問題ないようにできています。
パン そもそも、なぜソフトバンクがロボットを作ることになったのでしょうか。
林 ソフトバンクグループ代表の孫は、そもそもITの最先端を歩んでいこうと、ソフトウェアの卸売業からスタートし、常にITの次を見据えて手を打ってきています。今後、重要なのは人工知能とそのUIだろうと考えていたようです。
2010年に、ソフトバンクグループの社員からアイデアを募り、審査にも社員が参加する形で行われた「新30年ビジョン」のコンテストでも、ロボットのプロジェクトが1位になりました。これらがシンクロして、ロボット事業がスタートしました。
パン 事業としての戦略はいかがでしょうか。
林 基本的には、家庭用ロボットプラットフォームとしてのデファクトスタンダードが狙いです。そうすることで将来大きく回収できると考えています。
パン 実際の開発は、2012年にフランスのアルデバラン・ロボティクス社に出資して共同開発を開始し、今年6月に発表という、非常に短期間で行われていますね。
林 まず要素技術としては、アルデバラン・ロボティクス社の「NAO」という人型ロボットのプラットフォームを活用しました。とはいえ、机上の検討だけでは分らない部分が多いので、トライ・アンド・エラーを早く回すしかないと、1.5〜2カ月ごとに、社長デモを行って加速してきました。これは環境が整っているからできたことですね。ラピッド プロトタイピングでどんどん試作を行って、ある程度固まったところから金型を作りました。
開発チームという意味では、発明好きでオリジナリティを大事にするフランス人と、細かいところに気を配る日本人という組み合わせは、水と油のようですが、逆に補完関係にあって良かったのだと思います。
パン まったく初めての製品ですから、ご苦労も多かったのではないでしょうか。
林 設計変更が非常に多かったですね。一つ象徴的なのは、足腰の関節のブレーキです。関節にはモーターが入っていて、自由に停止できるので、通常動作を考慮した設計ではブレーキは不要でした。でもコンピュータなので、万が一想定しないクラッシュが起きると、関節がコントロールできなくて倒れるリスクが残ります。転倒リスクを最小限にするには、ソフトの安定性に頼らず、コントロールが失われた瞬間に機械的にブレーキをかけるしかないという結論になって、関節にブレーキの機構を入れました。
パン 最近の機械は、ソフトウェアの比重が非常に高くなっていますが、ハードで補わなければいけないことも多くありますからね。
林 今後の機械設計の一番難しい部分ではないかと思います。何かトラブルが起きた時に、考えられる要因が非常に多いですし、ノイズなど外的要因も増える中で、高度で複雑な動きを制御していかなければなりません。ソフトとハードの間のグレー部分のロバスト性を高めるのはとても難しいことです。機械の知識は同等レベルでも、高度なメカトロの経験がある人とない人では、その方の市場価値が大きく変わると思います。
パン 経験がないと理論だけで作ってしまいがちですからね。安全性を重視する大企業だけではなく個人でモノづくりをすることも増えていますが、特にコンシューマ向けの場合は、メカトロだけでは無い手法でも、安全性をいかに担保するかは重要なテーマになってきそうですね。たとえば、クラウド化によって膨大な情報量をリアルタイムでアクセスできるという利点を使って、安全性を確保できるような可能性はあるのでしょうか。
林 そのような監視環境を構築することで常にモーター等のコンポーネントの状態をサーバ側でモニタリングできるため、故障予測や原因究明が行いやすいという利点があります。リアルタイムで健康診断をやっているようなものですから、インターネット時代のモノづくりは、ハードの進化にも大きく影響していくでしょう。
最近、犬型ロボット「AIBO(アイボ)」のアフターサービス打ち切りに伴って、ペットロスならぬ「AIBOロス」が話題になりましたね。Pepperは経験したことをある程度クラウドに吸い上げられるので、機械(ハード)自体が代替わりしても、経験を引き継ぐことができます。どこまで引き継ぐべきかという議論は必要ですが、技術的なバックグラウンドはそろっていますから、「Pepperロス」のようなことは防ぎやすくなると思います。
(次回「Pepperと作る未来編」は2015年1月公開予定)
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提供:プロトラブズ合同会社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2015年1月23日
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