中東危機下で、化学大手はなぜ大幅増益だったのか:ごりおの化学素材業界最前線レポート(4)(3/3 ページ)
化学メーカーに勤務しつつ、化学や素材の業界における動向を中心に、化学メーカーの事業戦略、石油化学、半導体材料などについてSNSで情報発信しているごりお氏の連載。第4回は、中東危機下で、化学大手はなぜ大幅増益だったのかについて解説します。
それでも増益となった理由
ここまでは、中東情勢が業績を押し下げる話でした。国内外で工場の稼働が制限を受け、業績に影響を与えました。それでも日本の化学メーカーの4〜6月期の決算は、大幅増益です。この大きな原因が、3つ目のポイントです。在庫評価益にあります。
まず前提として、3月時点で懸念されていた「ナフサが足りず、国内のクラッカーが全面停止する」という最悪の事態は避けられました。
各社が米国や北アフリカなどから代替調達を進めたためです。5月のナフサ輸入量を見ると、中東からの輸入は前年同月比95.3%減となりましたが、日本全体では9.1%減にとどまりました。
ただし輸入金額は78.8%増、単純計算で単価は前年の約2倍。つまり各社は、「高くても原料を確保して、工場を動かし続ける」という対応を取ったことになります。
ここで効いてくるのが、化学メーカーが持つ「在庫」です。化学メーカーは、原料や製品の在庫を常に数週間から数カ月分抱えて操業しています。
ナフサをタンクに貯蔵し、エチレン設備で分解してエチレンなどの基礎化学品を作り、さらに樹脂などへ加工し、最後に顧客へ出荷します。原料を仕入れてから製品として販売されるまでには時間がかかるため、工場の中には常にさまざまな段階の在庫があります。
この在庫を持つことで生じる、「仕入れてから売れるまでの時間」が、原料価格が急騰したときに大きな利益を与えます。
単純化した例で言えば、6万円で仕入れた原料ナフサの在庫があるとします。その後、中東情勢の悪化によってナフサ価格が急騰し、新しく仕入れるナフサの価格が12万円になりました。
会社としては、これから12万円のナフサを買わなければなりません。ただし、原料価格が高騰しても、6万円で購入した、安いナフサとその製品がまだ残っているのです。12万円のナフサが入ってくるなか、6万円の在庫がはけていきます。製品の売値は、新しいナフサ価格を前提にすでに上がっています。在庫がなければ12万円で消費しているところが安く済んでいます。これが在庫受払差で、決算資料では「在庫評価益」とも呼ばれます。
増益の8割が在庫評価益だった会社も
今回のナフサは、3カ月の平均価格が前年同期の約1.8倍という急騰でした。その分、在庫評価益も過去にない規模でした。特に規模が大きかったのが、三菱ケミカルグループです。コア営業利益の増益575億円のうち、485億円が在庫評価損益の差だったと開示しています。増益の8割超に当たります。
三井化学は、石油化学を含むベーシック&グリーン・マテリアルズ事業の増益227億円のうち、一過性の在庫評価差などが180億円程度。旭化成は、増益277億円のうち為替、市況、一過性の要因が195億円。住友化学は、サウジアラビアの合弁会社を除いた在庫の受払差が150億円程度のプラスだったとしています。
このように、中東情勢に伴う在庫影響や市況変動が各社の利益を大きく押し上げました。なかでも在庫評価益は、大手化学メーカーで大きな増益要因となっています。ただ、各社とも、この増益は「一過性」「一時的」としており、三菱ケミカルグループは上期の予想だけを引き上げて通期予想を据え置き、住友化学は通期予想の見直しを上期決算まで見送りました。会社自身が、この利益は続かないと見ているといえます。
これから注意すること
ここまで見てきた通り、中東の危機は拠点の操業制限や減産という実害を与えながら、原料急騰が生んだ在庫評価益によって、各社の決算をむしろ大幅な増益に見せました。
この先を考える上での注意点は、大きく2つあります。第1に、増益を押し上げた要因の反動です。
在庫評価益は、原料が下がる局面では、同じ原理で損失として計上されます。高くなってから仕入れた在庫を、下がった相場で売るためです。各社が置く7〜9月期のナフサ前提は8万6000〜9万5000円/kLと、4〜6月期の実績より2〜3割低い水準で、この反動はすでに業績予想に織り込まれています。
三菱ガス化学の7〜9月期の営業利益予想は131億円と4〜6月期の半分以下。三井化学はベーシック&グリーン・マテリアルズ事業が48億円の赤字に転落すると予想し、住友化学も在庫の受払差は「かなりマイナスで戻ってくる」と説明しています。
需要の側にも、反動が予想されます。供給不安から、川下に位置するメーカーでは在庫の積み増し、いわゆる仮需が起きていました。三菱ケミカルグループは上方修正の理由に「顧客の原料調達不安による一時的な需要増」を挙げています。
仮需は、需要の前払いです。信越化学工業の塩化ビニール樹脂では、値上げした価格が早くも下がり始め、積み上がった在庫による需要の減退がすでに起きたと説明されています。
さらに、買い控えも懸念されます。原料価格の下落局面が見えてくれば、需要家は下がってから買おうと様子見をします。6月の稼働率が最低を更新した一因も、ナフサの先安観による買い控えとされています。こうした買いだめと買い控えから、しばらく実需は読みにくくなります。
第2に、中東情勢の長期化と、調達の不確実さです。ホルムズ海峡の再開は見通せず、代替調達の柱である米国にも限界が指摘されています。日本総合研究所によると、米国の原油輸出は戦略備蓄の放出に支えられており、持続性に疑問が残ると見ています。従って、今後需給が締まり、原油とナフサが高止まりすれば、高い原料の負担と需要の弱さが、景気の重石となりかねません。
つまり、今回の増益は追い風というよりも、原料高が生んだ一時的な「ゆがみ」といえます。そして依然としてその「ゆがみ」は残っており、次はその反動が予想されます。エチレン設備の稼働率も、7月に69.9%と、低位安定の状態にあります。在庫評価益が剥がれ、情勢が落ち着きを見せた後に、その会社の、そして日本の石油化学の実力が試されます。
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