陸上養殖のDXには何が必要か OUGとNTTグリーン&フードが新たな挑戦:スマートアグリ
OUGホールディングス(OUG)とNTT子会社のNTTグリーン&フードは「陸上養殖を通じた水産業のESG化に関する協定書」を締結した。本稿では、陸上養殖のDXにおける課題や両社の課題解決に向けた取り組みを中心に紹介する。
OUGホールディングス(OUG)とNTT子会社のNTTグリーン&フードは2025年8月19日、東京都内で記者会見を開き、「陸上養殖を通じた水産業のESG化に関する協定書」を締結したと発表した。同協定は、水産資源の減少と業界の衰退という課題解決のために、ESG(環境、社会、ガバナンス)の観点を重視し、生産から流通までをシームレスでつなぐ、持続可能で未来志向の新しい食のバリューチェーンの構築を目標としている。本稿では、IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)を活用した陸上養殖のDX(デジタルトランスフォーメーション)に向けた取り組みや課題を中心に紹介する。
OUGは近畿を中心に水産市場営業や卸売りに取り組んでおり、北海道から沖縄にかけて全国に営業所を展開している。九州を中心とした養殖事業や輸入エビの大手商社としても活躍している。一方、NTTグリーン&フードは、2023年7月にNTTと京都大学発の水産業スタートアップであるリージョナルフィッシュの合弁会社として設立され、食糧問題や水産業の衰退、地球環境問題などの解決を目標として事業を展開している。
OUG 代表取締役社長の橋爪康至氏は「近年、天然魚をはじめとした水産物が確実に減少の一途をたどっており、歯止めが利かない状況だと考えている。NTTグリーン&フードの取り組みには共感しており、今回の提携を契機にともに頑張っていきたい」と述べた。
OUGの水産業の知見を基に陸上養殖に向けたAIを開発
NTTグリーン&フードは、ICTや環境技術を活用した陸上養殖事業に取り組んでいる。この陸上養殖を行う意義の1つとして、IoTやAIを活用した未来の1次産業の実現がある。先進技術を陸上養殖に活用することで、自動もしくは遠隔操作で養殖環境の最適化や生産効率/品質の向上につなげられる。
そこで同社は、エビの生産性向上に焦点を当て、多様なセンサーを用いてそれらのデータを収集/見える化することで、水温や塩分濃度、溶存酸素量など養殖に必要な環境条件を見いだすための取り組みを進めている。現時点でこれらの取り組みは生産量や効率性の向上には直接つながっていないものの、NTTの研究所と連携しながら、さまざまなデータの組み合わせに対してAIを適用し分析することで最適な環境条件を特定していく考えだ。2025年度は、生産率向上に最も影響があるデータの特定/収集に焦点を当てていく。
今回の業務提携では、OUGが培ってきた水産業に関する知見を最適な環境条件の特定に役立つAI開発への活用も期待できる。専門知識が無い状態だと、色んな試行錯誤を繰り返しながらのAI開発になってしまい、DXは進まない。特定の魚種を専門的に取り扱う事業者から、それぞれの魚の性格や養殖時におけるストレス要因といった深い専門知識をAIに落とし込めればDXを加速させられる可能性がある。
水産業DX化妨げる課題
NTTグリーン&フード 代表取締役社長の久住嘉和氏は「水温や塩分、溶存酸素量といった基本的なデータだけでは、生産性向上に限界がある。それ以外の重要なパラメーターの特定とそれらのデータをAIに取り込む方法で試行錯誤している」と語る。
DXに向けたデータ収集では課題が幾つか存在している。中でも最も課題が大きいのがセンサー技術だ。「水中に存在する多様な微生物の量を遠隔で簡単に検知するセンサーは現状存在していない。顕微鏡を用いたアナログな方法でしかデータを取得できないため、DXが遅れている要因になっている」(久住氏)という。また、塩分濃度や水温、溶存酸素量を1つのセンサーで測定可能な「マルチセンサー」がなく、それぞれの情報を個別のセンサーで測定しており、データ収集の効率は高いとはいえない状況にある。
陸上養殖を進める上で、高密度養殖への対応という課題も避けられない。水槽内で魚の密度が高い状態で養殖を行うと、魚に対してストレスを与え、餌の取り合いや共食いといった問題が発生する。その一方で、養殖の生産性を向上するには魚の密度を可能な限り高くしなければならない。魚にストレスを与えずに育てられる最適な密度を知るためにも、さまざまなデータ収集が必要である。
NTTグリーン&フードは、事業構想における「ステップ3」において、新たに養殖事業に取り組みたい顧客に陸上養殖システムを提供することを目指している。現在、端緒についた状況のIoTやAIの仕組みの開発を進めることで、最終的に「人がいなくても最適な環境を保つ」機能を持つ陸上養殖システムを実現し、日本の人手不足問題や食料生産問題の解決に貢献していく。久住氏は「将来的には日本国内だけでなく世界市場にも展開していきたい」と展望を述べた。
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