万博で展示される培養肉とは? 3Dプリンタで牛ステーキ肉を作る理由:3Dプリンタの可能性を探る(3/3 ページ)
大阪・関西万博で培養牛肉やフードプリンタのコンセプトモデルを展示する培養肉未来創造コンソーシアムの代表で、大阪大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 教授の松崎典弥氏に、培養肉が注目される背景や、さまざまな食用肉の中から牛肉を選んだ理由、コンソーシアムが目指す方向などについて聞いた。
培養肉の技術成果は再生医療へと還元できる
――培養肉に取り組もうと考えた背景を教えてください。
松崎氏 培養肉の研究に取り組んだきっかけは、国の培養肉プロジェクトに2018年に応募したことです。私の研究テーマは細胞工学で、移植や診断薬/毒性試験の評価などに使うことを前提として、人の細胞から組織や臓器を作り出す研究を行っています。既にわれわれは、人の細胞で筋肉や脂肪を作る技術を持っており、それらを組み合わせれば食肉を作ることも可能だと考えました。
――なぜ鶏や豚ではなく牛を、またミンチではなく実際の組織を再現した肉を選んだのでしょうか。
松崎氏 実用化が最も進んでいるのは鶏肉ですが、鶏肉は食肉の中でも価格が安いため、取り組むのであれば低コストを追求しなければなりません。世界で初めて販売許可が下りてシンガポールで販売された鶏肉も、実は培養細胞ではなく植物タンパクが主体です。料理として食べると本物といわれても違和感はありませんが、植物タンパク質の風味や食感を本物に近づけるために、さまざまな添加物が使われています。
また、使われている細胞は繊維芽細胞で、筋肉や脂肪そのものを構成する主要な細胞ではありません。繊維芽細胞が使われている理由は、増えやすいからです。鶏肉の風味などを生み出す上では、実はこの細胞を加える意味はあまりないのです。
このように安さを追求すると、風味や食感を近づけるために添加物を加えればよいということになり、実際の筋組織の構造とは全く異なるものになります。これでは、人の医療に還元できるような技術を開発できません。
日本では多くの添加物を使用した食品を食べたくないという人が多いのが現状です。本当に必要な細胞を適切に用いることができれば、細胞自体が牛肉特有の風味や香りを生み出すため、添加物を加える必要はありません。
――あくまで本物の肉を目指すということですね。
松崎氏 代替肉(植物性タンパクで作られた植物肉)が一時期注目されましたが、現在は投資額が減少傾向にあります。その理由は、味や食感が実際の食肉とは異なっていたためだと考えています。
食肉に期待される味や食感をきちんと追求しないまま、SDGsの観点だけで消費を促しても、消費者には受け入れられにくいという現実を示したといえます。これは、培養肉でも同様の注意が必要であることを示す重要な教訓です。
味や食感を実際の食肉に近づけるためには、より多くのコストがかかります。しかし、流通量が限られていても収益性を確保できる霜降り牛肉であれば、勝負できると考えています。
――具体的な目標を教えてください。
松崎氏 コンソーシアムとしては、最終的に商品としての販売を目指しています。現状では、5cm角程度の生産コストがおよそ10万円ですが、目標としては2030年ごろに、ブランド牛としてある程度の高価格帯となる100g4500円での販売を目指しています。
味で重要なのはオレイン酸、分化工程でコントロール
――作った肉を口にされたとのことですが、食感や味はいかがでしたか。
松崎氏 2025年3月に焼いた培養肉の官能検査を行いました。かむとだんだんとほぐれていく感じは、肉に近いものがありました。焼くと、いかにも焼き肉という香りが発生していました(図7)。このときは脂肪の少ない肉でしたが、肉としての味わいはしっかりとありました。
松崎氏 一方、課題としては、(肉の風味を感じるのに必要な)香りやタンパク質、アミノ酸などの成分が、実際の食肉と比較して少なく、本物の数分の1から数十分の1程度にとどまります。通常の牛なら3年かけて育つところを、1〜2週間の分化誘導で製造するため、簡単にはいかないのかもしれません。これらの成分の産生量を向上させることが課題として挙げられます。
――味はどのようにしてコントロールするのでしょうか。
松崎氏 味や香りを生み出す要素としては、筋肉よりも、どちらかというと脂肪の方が重要です。脂肪酸の中でも、特にオレイン酸が重要で、和牛では不飽和脂肪酸のうち約50%を占めます。われわれの方法では、それぞれの成分の産生量を培養液の組成や培養条件を変えることでコントロールできることが分かってきました。
また、培養肉には大きなメリットがあります。培養条件をコントロールすることで、新たな成分を持った肉を作ることができるのです。
例えば、必須脂肪酸の一種でオメガ3脂肪酸として知られるDHAやEPAなど、通常の肉にはわずかしか存在しない物質が、われわれの作製した培養肉にはより多く含まれていることを確認しています。
さらに、オレイン酸を50%以上含むものなど、さまざまな成分のコントロールが可能になってきました。健康のために特定の成分を増やしたり、味を向上させたりするなど、付加価値を持った肉として勝負できるのではないかと考えています。
一番のコストは大量の培養液
――実用化のハードルは、どういったところにありますか。
松崎氏 最もコストがかかるのは、(幹細胞の大量培養のための)培養液です。kgスケールの培養肉を作るには、およそ1000〜2000リットルのタンクを使うのが一般的です。コストダウンを図るには、より大きなスケールでの培養が必要になります。初期の設備投資よりもランニングコストの方がはるかに大きく、培養液のコストダウンが最大の課題です。
また、分化誘導のプロセスに1〜2週間かかることも課題です。この期間を短縮し、例えば1日で完了できれば、作製を開始した翌日には肉を食べることができます。
――製造期間の大幅な短縮が、家庭で手軽に使える「ミートメーカー」の実現につながるということですね。おいしい牛肉が食べられる日を楽しみにしています。ありがとうございました。
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