合成生物学的手法により家族性アルツハイマー病特有の老人斑を再現:医療技術ニュース
理化学研究所らは、家族性アルツハイマー病で観察される老人斑を再現するアミロイド線維を化学的に作成し、解析した。同疾病の病態、進行を大きく変え、創薬開発にもつながる先駆的な研究成果だ。
理化学研究所は2024年8月30日、家族性アルツハイマー病(AD)で観察される綿花状の老人斑を再現するアミロイド線維を化学的に作成し、同繊維の凝集体に含まれる新規構造モチーフを発見したと発表した。東京工業大学らとの国際共同研究による成果だ。
遺伝子変異を伴うADである家族性ADのうち、β-アミロイド(Aβ)の22番目のアミノ酸であるグルタミン酸がグリシンに変異(E22G変異)したサブタイプは、綿花状の巨大な老人斑など特異的な病態を示す。また、この綿花状老人斑の構造は、脳内に存在するAβ40(40アミノ酸から成るAβ)の線維を中心として、Aβ42とAβ40の線維がリング状に形成されている。
研究グループはまず、作成条件を最適化してE22G変異を持つAβ40を化学合成し、従来法では不可能だった均一構造を持つE22G Aβ40の単離に成功した。単離されたE22G Aβ40線維は、複数線維が束を作る通常のAβと異なり、分散性が高く1本ずつ分離していることが明らかとなった。
分散性が高いため、E22G Aβ40線維の大きさは、同じ重量の変異を持たないAβと比べて約12倍大きく、凝集体の密度は低かった。他にE22G Aβ40線維は、ADの老人斑検出に用いるピッツバーグ試薬と同じ分子骨格を持つ試薬への反応が低く、この特徴も綿花状老人斑で観測されるアミロイド線維の多くの特徴と一致していた。
E22G Aβ40線維が作る密度の低い凝集体。上段:(a)線維なしの試料。(b)対照試料としての、アミノ酸変異を持たない野生型(WT)Aβ40線維。(c)最適化して作成したE22G Aβ40線維。下段:(b)(c)を同じ倍率で拡大した画像 出所:理化学研究所
次に、クライオ電子顕微鏡と固体NMRで統合構造解析を試みたところ、E22G Aβ40はβシートがW字型に折り畳まれた新規の構造モチーフを持つことが明らかとなった。C末端の40番目のアミノ酸が他の残基と強く相互作用していないため、Aβ42がE22G Aβ40線維の末端に吸着したときにC末端の41と42残基がじゃまにならず、相互作用できることで、Aβ42の共凝集を引き起こしやすいことが示唆された。
W字型にβシートが折り畳まれた新規構造モチーフ。(a)W字型の新規構造モチーフを示すE22G Aβ40線維の構造。(b)クライオ電子顕微鏡で得られた密度マップ(分子内部密度の高低を白と灰色のアウトラインで表示)と得られた構造(緑と黄色の構造)の重ね合わせ。(c)クライオ電子顕微鏡で得られた線維の画像。(d)クライオ電子顕微鏡で得られた構造に、固体NMRで観測された原子間の相互作用情報(矢印)を重ね合わせたもの[クリックで拡大] 出所:理化学研究所
凝集していない野生型Aβ42の単分子にE22G Aβ40繊維を混ぜると、野生型Aβ42の線維化が促進し、E22G Aβ40と野生型Aβ42が共凝集した。共凝集したキメラ線維もW字型構造で安定していた。このことから、E22G変異を伴う家族性ADでは、通常のADとは異なり、まずAβ40が線維化して大きなコアを形成し、その周囲でAβ42が共凝集し線維が蓄積することで、綿花状老人斑に特有のコア−シェル構造が生成すると考えられる。
今回の研究は、Aβ線維が凝集するメカニズムやその構造、差異を理解する助けとなるもので、ADの病態、進行を大きく変え、創薬開発に貢献する可能性を示している。
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