3Dプリント製法の特殊性を踏まえた開発の重要性:3Dプリント材料、この10年程度の進化(2)(3/3 ページ)
本連載では活用事例が増えつつある3Dプリント材料の基礎や最新の動向と活用事例について紹介します。第2回では3Dプリントと既存の成形方法との違いや企画段階からの考え方などについて、実例を挙げて解説します。
製品企画から製造までを総合的に見たプロジェクト立案を
以上のように、いくつか考慮するべきポイントは存在するが、それらを踏まえた上で製品企画、設計、材料選択、最適な3Dプリント方式の選択、量産に関するエンジニアリングまで、全てを最適化できる状況であれば、3Dプリントによる最終製品を世の中に送りだすことが不可能ではないことは、既に世に出ている多くの事例が語っている。
連載第1回目でも紹介した、ワコールとキョーラクによる乳房を手術された方に向けた「ぷるるんメッシュパッド」は、通気性、重量、コスト課題を軟質素材による3Dプリンティングとメタマテリアル設計の高度な組み合わせによって解決した事例である。
目標とする製品の質感の設定には、ワコールがこれまで蓄積した人体に関する知見が生かされている。さらに、この「目標として設定された質感」を実現するために採用された、メタマテリアルを用いた緻密な物性コントロールはプラスチック成形技術に長けるキョーラクの特殊設計技術によるものである。メタマテリアル自体もこの製品のために特別にアレンジされたものを開発して使用するなど工夫が目立つ。
製品の強度/耐久性についても両社の協力により必要なターゲット品質をうまく設定し対応している。これは協業パートナー同士が、互いの目標や得意分野を十分に理解し、尊重しあってこそ可能なコラボレーションといえる。結果として生まれた製品は、品質面で特色があるだけではなく、コスト面においても「3Dプリント製品はコストが高く、最終製品には使えない」という従来の常識を破り、他工法の製品群と比べても競争力のある価格での市場投入を実現している。
今回紹介したどの事例もデジタル製造技術だけを習得したプレイヤーだけでは成し得なかった企画や設計/デザインとなっている点には注目する必要がある。3Dプリントを製造に適用する場合でも、通常の製品と同様に、対象マーケットとの親和性や課題の把握は依然として非常に重要であり、課題解決のために製品を送り出さなればならない。そして良い製品を作り出すための手法として最適である場合に初めて、3Dプリントをはじめとしたデジタル工作技術を選択するという姿勢が大切である。
ブームの時代は、デジタル工作機器はそれ自体が目新しく、デジタル技術を活用できることだけに注目が集まり過ぎていた。ブームを経て、機械の性能やユーザーインタフェースの向上、設計ソフトの簡易化などが果たした役割は大きく、現在では3Dプリントをはじめとしたデジタル工作技術は既にある程度の技術開発はなされ、使いこなすべき「普通のツール」となっている。
筆者は、まず既存のデザイン/建築設計の基礎能力を習得した者が、ツールとして「デジタル工作機器」を選び、活用する際に良い製品が生まれると期待している。(次回へ続く)
筆者紹介
慶應義塾大学 大学院 政策・メディア研究科 特任講師/慶應義塾大学SFC研究所 環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター所属 湯浅亮平(ゆあさりょうへい)
1987年生まれの3Dプリントマテリアルデザイナー。専門分野はデザイン工学、デジタルファブリケーション、3D/4Dプリンティング向けの材料ブレンド、意匠形態学。2012年、千葉大学大学院工学研究科デザイン科学専攻、修了。プラスチック製品製造のキョーラクにて、製品の研究開発において、3Dプリント機材をプロトタイピング工程に導入。開発用途に使用するのみではなく、3Dプリント材料の開発を始める。2018年、慶應大学SFC研究所に客員研究員として加入後、デジタル製造分野において素材とデザインをつなぐ役割を担い、多くのデザイナーと共同作業にて制作。2022年より、慶應義塾大学 大学院 政策・メディア研究科 特任助教として着任。2023年、特任講師。東京2020オリンピック・パラリンピックでは、世界初のリサイクル3Dプリントによる表彰台制作において、材料開発チームリーダーを務めた。現在、文部科学省COI-NEXT(2021〜)「デジタル駆動超資源循環参加型社会共創拠点」では若手マネジメントリーダーとして、神奈川県鎌倉市を舞台とする産官学民参加型の資源循環社会基盤創出プロジェクトに参画中。
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