日本の窒素管理の現状、1年に下水として流れ込む水の中に48.4万tの窒素:有害な廃棄物を資源に変える窒素循環技術(3)(2/2 ページ)
本連載では、カーボンニュートラル、マイクロプラスチックに続く環境課題として注目を集めつつある窒素廃棄物放出の管理(窒素管理)、その解決を目指す窒素循環技術の開発について紹介します。今回は、水における窒素排出の現状とその課題について採り上げます。
窒素廃棄物の排出が環境に与える影響と課題
窒素廃棄物を含む排水を環境中に放流した場合、どのような影響があるのでしょうか。欧州では、硝酸汚染などが深刻ですが、日本国内では、富栄養化が大きな問題と言えます。富栄養化とは、窒素やリンなどの栄養素が増え過ぎることです。プランクトンが大量発生して水中での酸素不足が起こり、生物が死んでしまうなどの影響が出ます。赤潮は、富栄養化が原因の1つです。
富栄養化は特に1950〜1970年代に深刻な問題になりました。それ以降、日本では水処理を進め、前述の通り、現在では処理技術の普及によりかなりの窒素廃棄物の環境への排出量を減らすことに成功しています。しかしながら、まだ完全に問題が解決した、とはいえません。
例として、霞ケ浦の事例を紹介しましょう。霞ケ浦は水深が浅く、湖水の交換日数が200日かかることなどから、水質が汚濁しやすい湖として知られています。1970年代から、富栄養化防止条例の制定などを通じ、水質浄化を推進していますが、窒素、リンともに大きな改善は見えていないようです。例えば、窒素でいうと、全窒素濃度は、1980年が0.91mg/L、2020年が0.94mg/Lとほとんど変化はありません。環境基準値は0.4mg/Lなので、大きく超えている状況が続いていることが分かります。そのため、霞ケ浦では、対策開始から約50年経過した現在でも水質保全計画を立て、積極的な改善を目指しているのです。
一方で、富栄養化対策が進み、逆に栄養分が足りない「貧栄養化」で苦労している地域もあります。例えば、瀬戸内海では対策により、栄養分の負荷量が年を追うごとに減ってきています。1979年には666t/日だった負荷量が、2014年には390t/日まで減ってきています。また、栄養分が減りすぎて、水産業などに影響が出ています。典型的なのがノリの養殖です。海苔は、色の黒い方が高く売れる、とのことです。そして、色が黒くなるには窒素分が必要なのですが、貧栄養化によって海苔の色が落ちて値段が下がってしまい、養殖業者が困るという事態が起きているのです。
その解決に向けて、海苔の収穫前の時期に下水処理場からの窒素排出量を増やす、あるいは硝酸アンモニウムなどの窒素分を施肥するといった対策がとられています。香川大学の研究によると、施肥により見た目でも海苔の色が変わり、単価が4円から5.99円と1.5倍にも上がったとのことです(図6)。このように、排出をとにかく下げればよいというわけではない場合もあります。ただ、実際の瀬戸内海での窒素濃度は、外海の影響や海底との間の出入りもあり、排出削減で直接的に制御できるわけではないことに注意が必要です。
最後に
窒素廃棄物の環境排出、特に水に関する現状と課題についての日本国内の状況をご紹介しました。日本では、排水前の処理がかなり普及しているため、他国に比べ、その問題の深刻度は軽い、といえるかもしれません。一方で、処理には多大な資源/エネルギーを消費しているため、その改善法として、省エネルギー型の窒素循環技術の開発が期待されているのです。また、霞ケ浦と瀬戸内海の例のように、窒素管理は一律に減らせばよい、というものではありません。豊かな川/海を維持していくには、地域ごとに適切な対策を取っていく必要があるのです。そのためにも、多様な技術を準備し、適材適所で使っていることが求められています。(次回へ続く)
筆者紹介
産業技術総合研究所 首席研究員/ナノブルー 取締役 川本徹(かわもと とおる)
産業技術総合研究所(産総研)にて、プルシアンブルー型錯体を利用した調光ガラス開発、放射性セシウム除染技術開発などを推進。近年はアンモニア・アンモニウムイオン吸着材を活用した窒素循環技術の開発に注力。2019年にナノブルー設立にかかわる。取締役に就任し、産総研で開発した吸着材を販売中。ムーンショット型研究開発事業プロジェクトマネージャー。博士(理学)。
参考文献:
[1](研究成果)日本の2000年から2015年の窒素収支を解明、農研機構他、2021年8月24日(2023年9月4日確認)
[2]水質汚濁物質排出量総合調査、環境省(2023年9月4日確認)
[3]下水処理場における窒素由来のエネルギーポテンシャルの試算とその利用に関する考察、小島啓輔、加藤雄大、隅倉光博、川本徹、下水道協会誌、58(2021)、P78-87
[4]霞ヶ浦に係る湖沼水質保全計画(第8期)(2023年9月4日確認)
[5]閉鎖性海域対策の現状、環境省水・大気環境局、2018年3月17日(2023年9月4日確認)
[6]「備讃瀬戸海域の栄養塩の現状とノリ養殖の新たな取り組みについて」、多田邦尚、平成23年度 香川大学瀬戸内圏研究シンポジウム(2023年9月4日確認)
[7]沿岸海域における基礎生産と栄養塩濃度、堆積物からの栄養塩溶出、多田邦尚、水環境学会誌,44(2021)、pp.137〜141
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 窒素廃棄物排出を巡る取り組みと軋轢、「窒素管理先進国」オランダの課題とは
本連載では、カーボンニュートラル、マイクロプラスチックに続く環境課題として注目を集めつつある窒素廃棄物放出の管理(窒素管理)、その解決を目指す窒素循環技術の開発について紹介します。今回は、特に農業分野に絞り、窒素管理を巡る取り組みとそれが原因で生じている軋轢をご紹介します。 - 脱炭素とマイクロプラスチックに続く第3の環境課題「窒素廃棄物」の厳しい現状
本連載では、カーボンニュートラル、マイクロプラスチックに続く環境課題として注目を集めつつある窒素廃棄物放出の管理(窒素管理)とその解決を目指す窒素循環技術の開発について紹介します。今回は、窒素管理の議論が起こりつつある背景についてご説明します。 - 日立と産総研が“強者連合”、日本発でサーキュラーエコノミー技術を発信へ
日立製作所と産業技術総合研究所は、産総研臨海副都心センター(東京都江東区)内に「日立−産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボ」を設立した。同連携研究ラボには、日立から約20人と産総研から約20人、合計約40人の研究者が参加し、2025年10月10日までの3年間で10億円を投じる計画である。 - 素材・化学で「どう作るか」を高度化する共同研究拠点、産総研が3カ所で整備
産業技術総合研究所(以下、産総研)の材料・化学領域では2021年6月23日、マテリアル・プロセスイノベーションプラットフォームの整備を開始したと発表した。 - 産総研の研究成果をマーケティングで社会実装、AIST Solutionsが設立記念式典
産業技術総合研究所(産総研)の完全子会社であるAIST Solutionsが設立記念式典を開催。企業の経営者や大学の研究者、政府関係者など約200人の来賓が参加した。 - CNFの応用開発と普及を後押し、NEDOと産総研が安全性評価書を公開
NEDOと産総研は、2020年から進めてきた「炭素循環社会に貢献するセルロースナノファイバー関連技術開発」の一環として、セルロースナノファイバー(CNF)を取り扱う事業者の自主安全管理や用途開発の支援を目的とする文書「セルロースナノファイバーの安全性評価書」を公開した。 - 産総研がバイオマス由来の2種のプラスチックから透明なフィルムの新素材を開発
産業技術総合研究所と科学技術振興機構は共同で、バイオマス原料で生分解性を持つ2種のプラスチックを合成し、透明なフィルムとして成形できる新素材を開発した。引き伸ばすほど強度を増す性質を持つ。