CBとPBを890ナノ秒の時間分解能で計測に成功、タイヤゴムの劣化要因の解析で貢献:材料技術
東京大学大学院、茨城大学大学院、住友ゴム工業は、タイヤのゴムに使用されるフィラーの1つであるカーボンブラックとポリブタジエンの動く様子を、世界最高クラスの速度である890ナノ秒(10億分の1秒)の時間分解能で計測することに成功したと発表した。
東京大学大学院、茨城大学大学院、住友ゴム工業は2023年8月30日、オンラインで会見を開き、タイヤゴムに使用されるフィラーの1つであるカーボンブラック(CB)と高分子であるポリブタジエン(PB)の動く様子を、世界最高クラスの速度である890ナノ秒(10億分の1秒)の時間分解能で計測することに成功したと発表した。
この取り組みは、東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授の佐々木裕次氏、茨城大学大学院 理工学研究科 物質科学工学領域 助教授の倉持昌弘氏、住友ゴム工業 研究開発本部分析センター センター長の岸本浩通センター氏などから成る研究グループが行った。
DXB法の検出限界は0.01pmで超微小な変形を評価可能
今回の研究では、タイヤゴム内部の直径50n〜80nmのCBとPBの運動に着目し、高速の回折X線ブリンキング(DXB)法を用いて、各成分が動く様子とこれらの相互作用の様子を世界最高速度の890ナノ秒の時間分解能で計測した。
具体的には、結晶性の良い微粒子のCBを含有するタイヤゴムで、劣化した状態に近い「L3026C」と、非結晶化のCBを含有するタイヤゴムで通常の状態に相当する「L3026F」を用いて高速のDXB法でX線回折の時分割測定を行った。
作業手順は、まず、ドイツのハンブルクにある欧州X線自由電子レーザー(European XFEL)と世界クラスの検出速度を誇るX線2次元検出器「AGIPD」を用いて行った高速のDXB法により得られたL3026CとL3026Fの回折像から、カーボンの回折リングと高分子の非結晶成分で生じる幅広い帯状の模様「X線ハロー」のパターンを確かめた。
「欧州X線自由電子レーザーで利用できる超高輝度のX線は、1秒間のフラッシュ回数は2万7000回で、レーザーの最小波長は0.05nmであるため、直径50n〜80nmのCBとPBの運動に適したX線を入射できると考え採用した」と佐々木氏は話す。
次に、取得したL3026CとL3026FのX線ハローのパターンに対して自己相関解析を実施し、微粒子および高分子構造の動きに関する減衰係数を抽出した。X線ハローのパターンを用いて、分子の動きの情報を抽出したのは世界初だという。
その結果、世界で初めて、カーボンと高分子間の相互作用に関連したそれぞれの分子の動きの変化を同時に検出することに成功した。この複雑な構成要素から同時計測で得られた減衰係数は、CBとPBで微粒子と高分子構造の動きが大きく異なり、これは各サンプルの分子界面の拘束環境や摩擦条件の違いが原因であることを示している。
加えて、異種成分間の界面付近では、各成分の動きが異なることを実証した。例えば、L3026Cの非結晶化CBとPBの界面では、非結晶化CBが補強性を発揮するため劣化しにくいことが分かった。一方、L3026Fの結晶化CBとPBの界面では、結晶化CBが補強性を発揮せず劣化しやすいことが判明した。
佐々木氏は「DXB法の検出限界は0.01pmであるため、タイヤゴム内で動くCBとPBの超微小な変形を評価でき、超微小な変形が積算することで生じるタイヤゴムの劣化のメカニズムを解析するのに役立つと考えている。また、DXB法ではCBとPBのどちらかの動態だけを測定することにも対応している」と語った。
DXB法と欧州X線自由電子レーザーの概要
DXB法は、単色X線を利用した量子ビームでオペランド計測(デバイスが機能している状態で計測できる計測方法)が行える唯一の1分子計測手法で、佐々木氏らによって2018年に、タンパク質1分子の内部動態の計測技術として新規に提案された。
同手法は、生体分子だけでなく、無機/有機の材料が複合的に絡み合い、複雑な動きを示すタイヤゴム系の分子に対しても原理的に有効なため、今回の研究では、機能発現に伴う複合型多結晶材料の動態計測法として、世界で初めての適用に至った。
欧州X線自由電子レーザーは、EU加盟国などが協力してハンブルクのドイツ電子シンクロトロン(DESY)の敷地内に建設した世界最高レベルのX線自由電子レーザー施設で、2017年に利用運転が開始された。ハンブルクの地下にある3.4kmのトンネルを活用している同施設で利用できる超高輝度のX線は極めて短いパルス幅を持ち、超高速な物質の動きのメカニズムを解析することが可能だ。
なお、DXB法を用いて、CBとPBの動態に超高輝度のX線を入射し、得られたこれらの回析像を1パルスごとにAGIPDで検出することで、890ナノ秒の時間分解能での計測を実現した。
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