政府も製造業も価格転嫁に本気、「ものづくり白書」を調達視点で読み解く:製造マネジメントニュース
キャディは2023年6月7日、製造業向けに「経営イシューとしての調達、今とこれから」と題したセミナーを開催した。その中から本稿では、未来調達研究所 コンサルタントの坂口孝則氏が経済産業省発行の「2023年版ものづくり白書」を参照しつつ、調達領域での最新トピックをまとめた講演内容を抜粋して紹介する。
キャディは2023年6月7日、製造業向けに「経営イシューとしての調達、今とこれから」と題したセミナーを開催した。その中から本稿では、未来調達研究所 コンサルタントの坂口孝則氏が経済産業省発行の「2023年版ものづくり白書」を参照しつつ、調達領域での最新トピックをまとめた講演内容を抜粋して紹介する。
加速する中小企業支援策
ものづくり白書は経済産業省が毎年発行しているもので、国内製造業の基礎データに加えて、業界を取り巻く環境変化や課題などを取り上げて解説している。
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坂口氏は、ものづくり白書の中でも触れられている「社会的要請」「CSR/SDGs」「経済/地政学的影響」の3つに加えて、近年重要性の高まる「テクノロジー」を加えた4領域を、調達部門に関連した重要なトピックスとして取り上げる。
社会的要請には下請法の運用強化、価格変動への対応、優越的地位の乱用防止などが含まれる。CSR/SDGsは人権サプライチェーンの構築、クリーントレーサビリティー管理、GHG(温室効果ガス)排出量の算定が、経済/地政学的影響は台湾やロシア/中国など地政学的リスクの高い地域からの調達懸念、資源高やモノ不足が、テクノロジーはChatGPTなど先進ITの活用などがそれぞれ該当する。
これらの話題の中でも坂口氏は、「2023年版ものづくり白書では中小企業への援助の重要性について、かなりのページを割いて書いている」と指摘する。特に2022年末以降、公正取引委員会が大手製造業の調達部門に対して、取引先からの価格転嫁の要請に対応しているかを監視する動きを強めており、こうした情勢とも密接に関連すると思われる。
坂口氏は「岸田文雄氏が内閣総理大臣に就任して以来、価格転嫁に関する中小企業の支援政策を矢継ぎ早に出されてきた」と説明する。近年の政府による中手企業支援の動きの中で、ものづくり白書で触れられている事柄と、坂口氏自身が注目すべきと考えた事柄は次の通りだ。
- 転嫁円滑化パッケージ(2021年12月)
- 下請中小企業への振興基準強化(2022年7月)
- 価格交渉促進月間の強化(2022年9月)
- 優越的地位の濫用(らんよう)に関する緊急調査結果発表(2022年12月)
- 下請Gメン強化(2023年1月)
- 重点立ち入り業種を発表(2023年5月)
この中でも特に、優越的地位の濫用(らんよう)に関する緊急調査結果発表は、「調達領域に携わる担当者に激震が走った」と坂口氏は振り返る。下請法違反ではないが、取引価格の据え置きが取引先の事業活動に影響を及ぼしかねないと判断された大企業の調達部門が、公正取引委員会に名指しされた出来事だ。
これを受けて取引価格改定の対策に動く製造業の調達部門も増えた。「取引先企業に文書を出して値上げ対象になり得る品目を聞く他、主要調達品の中で値上げ対象になり得るものを選定して、その値上げ率を取引先と協議する取り組みをなどを行っている。日本自動車部品工業会では価格転嫁促進ツールという、適正な値上げ幅を確認するためのツールを配布するといった動きがある。いずれも数年前までは考えられなかったことだ」(坂口氏)。
また、上場企業では、執行役員や監査役が目を通す問い合わせ窓口経由で価格転嫁の要望が取引先から寄せられる様子が見受けられるという。
人手不足、価格高騰、地政学問題のトリプルパンチ
2023年版ものづくり白書に掲載された「事業に影響を及ぼす社会情勢の変化」などの調査結果を参照しながら、坂口氏は「国内製造業は人手不足、エネルギー価格の高騰、(中国などの)地政学リスクの問題といったトリプルパンチに見舞われている」と説明する。
人手不足問題は製造業に無駄な業務の見直しと、サプライチェーン全体での付加価値の創出といった課題を突き付ける。エネルギー価格の高騰は先述のような価格転嫁の問題を呼び起こしかねないため、これを防ぐ取り組みが業界全体で求められる。
地政学リスクに関して、坂口氏は2023年版ものづくり白書から「生産拠点の移転の動向」という調査結果を引用して、中国/香港からの向上の国内回帰が強まっていると紹介した。一方で、調査結果からは生産拠点を中国へと移転する企業も一定数存在している様子が見受けられる。坂口氏は「国内外の大手メーカーの間では、生産拠点を中国に置こうとする動きも依然として見られる。サプライチェーン全体でBCP(事業継続計画)を考えることが極めて重要になっている」と指摘した。
また、資源価格高騰の話題に関連して、坂口氏は2023年版ものづくり白書に掲載された「GDP比鉱物性燃料輸入額率」にも注目する。鉱物性燃料は原油や液化天然ガスといった石炭/石油由来の燃料の総称である。同指標の年次推移データを国内製造業の原価率推移と重ね合わせると、類似したグラフの動きになることが分かったという。このことから坂口氏は、「本来は原材料費が上がっても付加価値で勝負できれば良いのだが、日本の製造業はまだその段階にないようだ」と指摘する。
講演の最後に坂口氏は、ChatGPTなど手軽に利用できる先端テクノロジー、サービスが登場している状況に触れて、「中小企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)も、モチベーション次第で可能な状況になった。調達部門こそ、取引先に対してDXへの取り組み方を先導して、伝授しなければいけない。そういう時代になったと強く感じる」と語った。
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