デザイン経営が生み出す価値、産業の変化と2つの切り口:モノづくり最前線レポート
2021年12月にリアルおよびオンラインで開催された「新価値創造展2021」(リアル展2021年12月8〜10日、オンライン展同年12月1〜24日)でTakram 代表取締役でデザインエンジニアの田川欣哉氏が「企業の成長を左右する デザイン経営の視点」をテーマに講演した。
2021年12月にリアルおよびオンラインで開催された「新価値創造展2021」(リアル展2021年12月8〜10日、オンライン展同年12月1〜24日)でTakram 代表取締役でデザインエンジニアの田川欣哉氏が「企業の成長を左右する デザイン経営の視点」をテーマに講演した。
産業変化とともに変わるデザインの役割
「デザイン」はイノベーションやブランドを向上させるための力として注目を集めている。2018年には経済産業省と特許庁から「デザイン経営宣言」が打ち出され、デザインを経営力の1つとして捉える流れが生まれた。田川氏は、このデザイン経営宣言作成のコアメンバーの1人である。
現在「デザイン」として捉えられているモダンデザインの歴史は約150年ほどだとされており、当時は第1次産業革命によりハードウェア中心で大量生産が進んだ時期だった。その後、電子・電力革命により産業の中心はハードウェアとエレクトロニクスを組み合わせたもの(メカトロニクス)となってきた。電機、自動車など日本の主力産業は、この第2世代産業(ハードウェア+エレクトロニクス)で躍進し大きな成長を遂げてきた。その後、1980年以降にコンピュータの時代となり第3世代産業が生まれ、付加価値がメカトロニクスからソフトウェアへとシフトし始めた。ここから、移り変わるスピードが加速し、GAFA(Google、Amazon.com、Facebook、Apple)などを含む第4世代の企業が登場した。これらの企業はハードウェアを中心として考えるのではなく、PCやインターネットを1つの基盤とし、その上に乗るサービスレイヤーでビジネスを展開してきた。さらに、2010年代以降は第5世代に入り、スマートフォンを基盤とする産業の世界が広がっている。
現在の産業は第6世代とされ、ハードウェア、エレクトロニクス、ソフトウェア、ネットワーク、サービスの5つの要素に加えて、データやAI(人工知能)などが組み合わされ、さらに高度化、複雑化された形となっている。テスラ(Tesla)などは第6世代の代表的なものでこれらの要素を全て駆使したビジネス展開を行っている。これらの世代変化の中で、デザインの果たすべき役割も多様化し、変化を遂げている。ただ、「日本では、まだ第2世代産業の意識が強く、デザインやデザイナーの役割もこれらの範囲で固定化されて理解されている。プロダクトデザインやグラフィックデザインなど形や色といったものを調整する役割だとしか認識されていない。統計調査の結果などを見ても、約8割のデザイナーはこの領域にいる」と田川氏は課題感を示す。
最近は日本でもデザインの新たな価値について紹介する動きも広がっているが、その要因として田川氏は「インターネットの登場前後で企業の競争環境が大きく変化したためだ」と指摘する。
B2Cビジネスで考えてみると、インターネットの登場前にメーカーが顧客と直接的な関わりを持つポイントは、マーケティングで使われる4P(プロダクト、プレース、プライス、プロモーション)がほぼ全てだった。メーカーと顧客の間に問屋や代理店など物流の階層が挟まっており、それらを行き来するのはモノだけという状況で「モノを売る」ということに特化していた形だったからだ。
しかし、インターネット登場後は顧客との直接的な接点を生み出し続けることができるようになったために、エクスペリエンス(顧客体験)が重要になってきている。顧客は手元にあるスマートフォン端末を通じてメーカーと直結されるようになった。さらに、ビジネス形態として考えても、以前はメーカーが販売する時点で金銭を得る(お金の移動が起こる)完成品納入型で、モノに対して対価が発生する形だった。それが、サブスクリプション型などの逐次課金型ビジネスが登場し、利用そのものに対して対価が発生する形が広がってきている。
逐次課金型では使い続けてもらわないと対価を得ることができないため、利用の中で顧客と接点を持ち続け、内容を高めていく必要がある。「こうした移り変わりの中で、デザインは顧客からの支持を高め、逐次課金型の商売を継続していく中でカギを握ると考えられるようになった」と田川氏は述べる。デジタル時代では「ユーザー起点」の発想が不可欠で、デザインはその重要な打ち手の1つとなっている。
デザイン経営の2つの切り口
さらに、こうしたデザインの発想を経営に生かすデザイン経営がキーワードとなっている。デザインは形や色を作ったり選んだりするものという観念を改めて、経営のリソースとして捉えていく考え方だ。
デザインと経営を結び付けていくために2つの切り口があると田川氏は述べる。1つは「イノベーションに資するデザイン」(新しい商品を作るなど顧客視点を取り込んだイノベーションの創出手法)で、もう1つは「ブランド構築に資するデザイン」(顧客と長期にわたって良好な関係維持するためのブランド力の創出)だ。田川氏は「この2つは同じデザインという言葉が使われているが、必要な人材もやるべきことも全く別であり、企業が求めるものによって、この2つのデザインの発想を経営にどう取り込んでいくかは変わってくる」と語る。
こうしたデザインの発想を経営など幅広い範囲に生かす取り組みは欧米では既に広がりを見せており「デザインをうまく取り込むことにより、米国の調査ではここ10年間で株価のパフォーマンスが2.1倍になり、欧州でも同程度の成果が出ている調査がある」と田川氏は紹介する。デザインの発想を生かすことで生まれる価値は、技術開発による差別化などと比べ、生産設備や高度なエンジニアへの投資を抑えて、企業としての差別化を図ることができる利点がある。「特にハードウェア産業ではエンジニア100人を増やすのに対してデザイナー人材を5人程度増やすことで、品質の向上や、ユーザーの細かな使い勝手への対応など、顧客体験を起点とした場合に同等の顧客価値提供につなげることができる」と田川氏はデザインの意義について語っている。
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