メタバースは視界良好、メガネ型HMD「MeganeX」が見る未来:小寺信良が見た革新製品の舞台裏(20)(5/5 ページ)
「CES 2022」で話題をさらったのが、Shiftallのメタバース用HMD「MeganeX」だ。従来HMDといえば、左右がつながったボックス型を思い浮かべるところだが、まさにメガネのように左右が分離したスタイルは、多くの人に驚きをもって迎えられた。Shiftallの岩佐琢磨氏に、MeganeXの開発経緯やメタバースの未来について聞いた。
「原住民の人」がいるので、セカンドライフブームのようにはならない
―― なるほど、まずはそこですね。長時間やらなきゃいけない人のニーズをくむと。プロツールとしてここは最低限クリアしたい目標はありますか。
岩佐 そこで一番重要なのが重量ですね。Meta Quest 2が500g近い重量に対してMeganeXは250gという、半分近い数値をもくろんではいるんですけれども、それでも重い。まだまだここは加速していく領域だと思ってます。
一方で、われわれが大きくアドバンテージを持っているところとしては、Micro OLEDパネルを使うことによる黒の沈みこみと、パンケーキレンズによる周辺部分のシャープな視野ですね。
フレネルレンズを使うと、どうしても周辺部分の視野がぼやけ易いですし、あのギザギザが見えてしまうんです。あれがないだけで結構視界がクリアなんですよ。そこってVR疲れみたいなところにもすごく影響してくる部分なので、ここは各社がそれぞれいろんな方式を生み出して切磋琢磨していっている。単純なパネルの解像度じゃない部分ですね。
―― それでは、まだ発明レベルのアイデアが十分通用していて、何か一つの方向性に収束するにはまだ当分かかるっていうことですね。
岩佐 メディアの方は、現在のメタバースについて、「かつてのセカンドライフブームのように、みんながバーっと持ち上げるんだけど、結局誰も残らなかったみたいなことにならないんですか」とおっしゃるんですけど、今回はちょっと違うなと思ってまして。
われわれがよく「原住民の人」というんですけど、メタバースにいる人たちって、多分この盛り上がりがなくてもずっとここにいたいという、現時点のサービスで十二分に良いと言っている人たちがごまんといる状況なんですよね。国内だけでも万単位、グローバルでおそらく数百万の人たちがいるでしょう。ですので、メタバースでひともうけしたるぞ、みたいな人たちが来ても来なくても、影響しなさそうだなという風に捉えています。
特にここ1カ月、テレビでのメタバースの取り上げ方を見ていて安心しているんですけど、2021年末までは「メタバースでもうける、もうかる」みたいな報道がすごく多かったんです。でも年が明けると、その中で楽しそうにしている人たちにフォーカスして、「なんだオマエら楽しそうじゃん」という報道が増えてきていて。
こうなったら、勝ち負けっていうのは変ですけど、以前のバブルみたいな領域を超えちゃうんじゃないかなと感じました。
―― このメタバースの未来って、コミュニケーション領域だけじゃないと思うんですよね。例えば僕は、今40インチのテレビをPCディスプレイ代わりにして目の前に置いて仕事してるんですけど、これって目の前90度ぐらいが全部仕事の情報なんですよ。
ただ歳をとってくると夕方に目がかすむとか、左右の視力がズレるみたいな問題が出てくる。こういう仕事環境全体をメタバースに載せてしまえば、HMDには視度調節も付いてるし、解決するんじゃないかと。
岩佐さんは自分が歳をとるまでに解決できればいいやと思ってるかもしれないですけど、僕に間に合うように早く作ってくれよとお願いしたいです(笑)。
岩佐 いやその点はご安心ください(笑)。このプロジェクトを一緒にやってる小塚というものがおりまして(パナソニック 事業開発センター XR総括の小塚雅之氏)、小寺さんと全く同じことを言ってます。「オマエは5年後でいいかもしれんが」と。
―― すごいことになってまいりました。開発の尻をたたくのがオジサンという(笑)。でもオジサンはお金あるので、市場としては有望なんですよ。MeganeXが10万円を切る価格ということは、専用PCの他モーショントラッカーなど周辺機器そろえて、トータル30万円ぐらいの買い物になるでしょうか。
岩佐 そうですね、そんなところかと思います。ただこれが面白いのは、今若い人でメタバースにはまった人たちは、なんかノリとしてはバイクを買うぐらいの感覚でVR機器をそろえてたりしまして。
私の世代だと学生時代に無理して中古車や中古バイクを30万〜50万円で買ってたりしてたわけですが、今はそれがゲーミングPCとHMDのセットを30万円で買っている。これは非常に未来があるなと思いますね。
―― ああ、そうか。若いうちの「見たことない場所へ行くコスト」って、ちょうどそれぐらいなのかもしれませんね。昔はクルマや海外旅行。今はメタバース。
若い人たちにとってインターネットは、生まれたときから存在していて、これからもずっとあり続ける世界だ。だが筆者らオジサン達は、インターネットが「始まった時点」のことを知っている。だからインターネットの次もきっと来るだろうと思っている。それがメタバースなのかはまだ分からないが、そうじゃないとは言い切れない。
メタバース、もうちょっと流行ったらやろうかなと思っている人も多いと思うが、流行を仕掛けられた時点でそれはもう作られたハリボテだ。セカンドライフの悲惨さがまさにそれだった。
だが、既にメタバースに居着いてしまって、これでよしとした人が一定数いるならば、その人達は流行っても流行らなくても辞めないので、息の長い世界になる。ある意味堅い市場が出来上がっていた、ということである。
今回筆者がビジネスユースに対して細かく伺ったのは、ホビーなら飽きたらそこで終わりだからだ。しかし使わないと仕事にならない人たちが一定数出てくれば、市場が安定する。インターネットがそうだったからだ。
メタバースは、中の世界もハードウェアもまだまだ発展中で、世代ごとに良くなっていく。いつ乗るかが難しいところだが、乗らなければデバイドの向こう側に取り残される。2022年春というMeganeXのリリース時期は、列車に乗るちょうどいいタイミングなのかもしれない。
筆者紹介
小寺信良(こでら のぶよし)
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手掛けたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
Twitterアカウントは@Nob_Kodera
近著:「USTREAMがメディアを変える」(ちくま新書)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- ≫連載「小寺信良が見た革新製品の舞台裏」バックナンバー
- 製造業こそ「メタバース」に真剣に向き合うべき
2022年は「メタバース」に関するさまざまな技術やサービスが登場すると予想されます。単なるバズワードとして捉えている方も多いかと思いますが、ユースケースをひも解いてみると、モノづくりに携わる皆さんや設計者の方々にも深く関わっていることが見えてきます。一体どんな世界をもたらしてくれるのでしょうか。 - ロボットバトルはメタバースでもやれんのか! VRChatで大会を開催してみた
新型コロナウイルス感染症によりロボット競技会が大きな影響を受ける中、ROBO-ONE Lightの公認機をリモート操縦で戦い合わせるためのシステムを独自に構築した筆者の大塚実氏。しかしこの環境でもさまざまな制限があるということで、注目を集めるメタバース(というかVR)に戦いの舞台を求めた。VRでロボットバトル、どれだけやれんのか! - コロナ禍で加速するライブ中継の革新、ソニーのスイッチャーはなぜクラウド化したのか
2年ぶりのリアル開催となった「Inter BEE 2021」で注目すべきトレンドになったのが、従来ハードウェアでしか考えられなかった映像切替装置である「スイッチャー」について、大手各社がほとんど同時ともいえるタイミングでクラウド化に踏み切ったことだろう。その1社であるソニーのクラウドスイッチャー「M2 Live」の開発者に話を聞いた。 - ソニーの着るクーラー「REON POCKET」はなぜ生まれたのか、2号機はもっと冷える
ソニーのスタートアップの創出と事業運営を支援するSSAPから生まれたヒット商品である“着るクーラー”こと「REON POCKET」。その初号機の開発経緯から、直近で発売した2号機での改善点、そしてこれからの課題などについて開発担当者に聞いた。 - 曲がるだけじゃない、PCの新ジャンルを切り開く「ThinkPad X1 Fold」の価値
いわゆる「曲がるディスプレイ」を搭載した製品が2019年から市場投入され始めている。レノボが2020年10月に発売した折りたたみ可能なPC「ThinkPad X1 Fold」は、単に折りたたみ可能なだけではない、コロナ禍の中でPCの新ジャンルを切り開く可能性を持つ製品に仕上がっている。