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ソニーの着るクーラー「REON POCKET」はなぜ生まれたのか、2号機はもっと冷える小寺信良が見た革新製品の舞台裏(18)(1/4 ページ)

ソニーのスタートアップの創出と事業運営を支援するSSAPから生まれたヒット商品である“着るクーラー”こと「REON POCKET」。その初号機の開発経緯から、直近で発売した2号機での改善点、そしてこれからの課題などについて開発担当者に聞いた。

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大ヒット商品となった「REON POCKET」の初号機
大ヒット商品となった「REON POCKET」の初号機(クリックで拡大) 出典:ソニー

 ソニーには、2014年から開始した、スタートアップの創出と事業運営を支援するSAP(Seed Acceleration Program、2019年に名称を「Sony Startup Acceleration Program」に変更、以下SSAP)がある。「First Flight」というWebマーケティングサイトの名前を聞いたことがある方も多いと思うが、SSAPはこのFirst Flightを活用して、バンド部分にデバイス本体を組み込んだ異色のスマートウォッチ「wena」やIoT(モノのインターネット)ブロック「MESH」などユニークな製品を世に送り出してきた。

 そんなSSAPから生まれた製品の中で、2019年にFirst Flightでのクラウドファンディングで大ヒットし、2020年に一般販売されたのが、“着るクーラー”こと「REON POCKET」だ。対応ウェアを使って装着することで、背中の首元あたりを冷やしてくれるというデバイスである。

対応ウェアを使って背中へ固定する
対応ウェアを使って背中へ固定する(クリックで拡大) 出典:ソニー

 キーデバイスになるのが、CPUなどの冷却にも使われている「ペルチェ素子」だ。ペルチェ素子は電圧をかけると、片面で吸熱を行って冷却をすると同時に、残りの片面で発熱を行うという特性を持つ。ファンなどで風を送ることによる汗の気化熱で冷えるのではなく、本当に冷たいものを体にくっつけて涼を感じるという、珍しい製品に仕上がっている。

 そして2021年4月22日には、2号機となる「REON POCKET 2」が発売された。今回は開発者の方々に、REON POCKET初号機の開発経緯から、直近で発売した2号機での改善点、そしてこれからの課題などについてインタビューすることができた。お話を伺ったのは、ソニーでREON POCKET事業の統括課長とハードウェア設計を担当する伊藤健二氏と、同事業を伊藤健二氏と立ち上げるとともに、ソフトウェア開発も担当したソニー プロダクトマネージャーの伊藤陽一氏のお二人である。

連載「小寺信良が見た革新製品の舞台裏」バックナンバー

ソニーがクーラー?

―― ソニーではこれまでもウェアラブル製品を幾つも出していますが、体温調節みたいなプリミティブな機能って珍しいと思うんですよね。一体どういう経緯でこうした製品を発想されたんでしょうか。

ハードウェア設計を担当した伊藤健二氏
ハードウェア設計を担当した伊藤健二氏(クリックで拡大) 出典:ソニー

伊藤健二氏(以下、伊藤(健)) 私は2006年からカメラの設計などを担当してきました。実はカメラという製品の開発は、熱との戦いなんですね。商品設計や熱源になるICのレイアウトをどうしたらいいかなどを検討する中で、熱関連の知見も結構たまっていました。

 その後2014年ごろ、SSAPの関連で新規事業が立ち上がるというのでほぼ同時期に異動してきました。新規事業では、そのころが黎明(れいめい)期だったIoT(モノのインターネット)関連の技術をいろいろと研究していました。

 そこから、別の新規事業の案件で中国で製品を出す機会があったので上海に出張しました。2017年のことですが、その年の夏は上海が歴史的な暑さを記録しました。本当にもう暑かったですね。気温が40℃ぐらいあって、砂塵も舞っているような状況で、これはちょっとSF映画だな、と思うくらいの過酷な環境だったんです。

 ただ、そういう屋外の環境からホテルに戻ると、中はものすごく寒いんですね。「人間ヒートショック」のような状態でヘルシーじゃないと感ました。実際に、空調で室内の快適性を担保しようとすると、その副作用で室外に熱が排出されて、屋外が暑くなってしまうという問題もあります。

 そのときに、カメラを担当していたときに考えていた、サーモデバイスを使ってICをどうやって冷やすかという発想がマッチしてREON POCKETのコンセプトを思い付きました。あ、これ、人にウェアラブルなクーラーみたいなものを着けたら、空調の負荷を少し下げられるんじゃないかと。そして出張から戻ってきて、このコンセプトを伊藤陽一に相談しました。

 その相談の時には、サーモモジュールやペルチェ素子がくっついたモックアップのようなものを持っていきました。これを体にくっつけて冷やすと、エネルギー消費の削減に貢献できるような商品が作れるのではないか? という話から声をかけたのがきっかけになります。

―― 試作機じゃないですけど、もう方向性を示す具体的な装置があったんですね。

伊藤(健) ペルチェ素子と発熱面を冷却するファンが付いていたものは、今の製品よりもう二回りくらい大きかったですが、2017年の時点でありました。それを使ってソフトウェアの制御や、今の技術だったらどれぐらい小さくなるかという話を始めたわけです。

―― 体のどこを冷やせばいいのかを見つけるのも、また知見が必要だったと思うんですが。

伊藤(健) 人が冷感を感じやすい部位というのは、首元、脇、足の付け根あたりというのは、論文レベルでは行き当たっていました。そこから先は、大学と一緒に研究して、いろんな候補を見ていきました。

―― それらの部位って、子供が熱出した時に冷やしなさいってお医者さんに言われるところですよね。その部位が一番冷えるということでしょうか。

伊藤(健) それに近い感じですね。お医者さんの言われるところは、目的が体温を下げに行くことにあると思うので、アプローチは若干違いますが。

 われわれも実際にいろんな部位で試してみました。例えば、脇の部分だと自由に腕や体を動かせなくなるし、ペルチェ素子の発熱面からの熱をどうやって逃がすかも課題になる。そういった感じで候補が絞り込まれていき、後は冷感の感じやすさというところを含めて総合的に判断して、現在の背中の首元に着ける形になりました。

―― ということは、将来的にもっといいところが見つかればそこに着けるという可能性もあるわけですか。

伊藤(健) そうですね。ただ、今の位置はパフォーマンスが高い部位ではあるので、どちらかといえば複数箇所に着けていきたいという展望があります。

―― つまりREON POCKETのアプローチとしては、実際に体温を下げるのではなく、冷感を感じさせることを狙っているんですね。

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