“日本のバウムクーヘンの祖”が取り組むロボットとAIによる新たな作り方:スマート工場最前線(2/2 ページ)
バウムクーヘンを日本に伝えたユーハイム。同社が取り組む新たなロボットとAIを活用したバウムクーヘン製造への取り組みを紹介する。
ターニングポイントとなった職人の協力
ただ、難しかったのが、バウムクーヘンの焼き具合を判断するAIの開発だ。先述したように、バウムクーヘンは、季節や天候などによって、生地の粘度や焼き上がりは変わる。職人は、こうした状況を五感を生かして見極めながら、回転のスピードやオーブンの温度を調整して、最適な焼き具合を目指す。「当初は職人が何を見て判断しているのかが分からなくて、オーブンにセンサーを18個も付けて、職人に何度もバウムクーヘンを焼いてもらい、とにかくデータを取った」と松本氏は語る。取得していたデータは回転の速度やオーブンの温度、お菓子の表面温度、焼成時間、ヒーターの出力などだ。
いろいろ分析する中で、職人が最も判断に使っているのは視覚であることが分かった。画像認識でも明度や彩度や色相などのさまざまな判断材料があるが「これらの組み合わせである程度、焼き具合が判断できることが分かった」(松本氏)。これらとオーブンの取得データを組み合わせ、AIに学習をさせてモデルを構築することで、自律的に最適な焼き具合が再現できるようになってきたという。
ターニングポイントになったのが、現場の職人の協力だ。プロジェクトを進める中で、各部門から人を募る横断型組織となり、現場の人材もプロジェクトに入り、職人のデータ取得が始まった。
「焼き具合と相関するインプットが何になるのかを判断するためにはとにかく職人が今どういうことを行い、どういうことを見て判断し、作業しているのかを解き明かす必要があった。最初は職人からしても『長年積み重ねた熟練のコツがすぐに機械に再現できてたまるか』というような思いがあった。しかし、データを取得し始め、そのデータを職人に見せたり、AIによる分析結果を示したりしている内に、職人も自身の感覚がデータによって裏付けされたり、各職人による癖のようなものが見えてきたり、さまざまな気付きについて、面白みを感じてもらえるようになってきた。現場が主体的に取り組めるようになったことが大きかった」と松本氏は語る。
ユーハイムにはバウムクーヘン作りにおけるマイスターが5人おり、このマイスターの実際の作業を中心に教師データを構築。センサーのデータと操作ログなどから、自律的に作業できるAIモデルの構築を進めていった。「職人も自分たちのデータが生かされている『自分たちの機械』という思いがあった。機械も職人の一部であり、そういう信頼関係が開発を支えてくれた」と松本氏は語る。そして、バウムクーヘン専用AIオーブン「THEO(テオ)」が完成した。ちなみに「THEO」の名前は、バウムクーヘンの真ん中の穴を示す「The O」から取ったという。
生地情報のデータベース化を推進
「THEO」は、電気オーブンと外付けのカメラ、バウムクーヘンの入れ替え用のロボットなどで構成されている。電気オーブンにはセンサーおよび自動でバウムクーヘンを出し入れし、生地を付ける機構が付いている。オーブンの前に生地をセットすると、芯をロボットがオーブンに受け渡し、オーブンの機構で芯に生地を付けて焼成する。外部カメラで焼き具合を判断し、十分に焼けた状況になると新たに生地を付ける。これを繰り返し、事前に設定した層数を焼き上げるとロボットが完成したバウムクーヘンを取り出し、新たな芯を入れる。生地や完成したバウムクーヘン、替え芯はコンベヤーで運ばれる。基本的には人手作業は生地をコンベヤーに載せる作業だけとなる。
2021年3月には愛知県名古屋市の複合施設「バウムハウス」内に「THEO」を導入したカフェ「THEO'S CAFE」をオープン。THEO3台によってバウムクーヘンを焼き、それをその場で提供している。また「THEO」はシステムそのものを外販しており、既に2021年4月末に販売実績も生まれているという。
「基本的な焼成の具合を画像判断するAIモデルを確立したため、さまざまな形で展開できる。調整により、さまざまなお店独自のバウムクーヘンを再現することも可能だ。あるパティシエの焼き具合を再現するなどさまざまなビジネス展開も考えられる。基本的にはレシピに著作権はないが、THEOを通じて職人の価値を高めることができるかもしれない。遠隔での支援なども行うことができる。まずは国内で展開し、当初の目的通り海外展開も検討している」と松本氏は述べる。
さらに今後はユーハイムの工場内での省人化にも活用を進めていく計画だ。「現在は人中心の仕組みとなっているが、将来的な労働人口の問題もあり、省人化を進めこうした労働負荷を緩和していくのが基本的な方向性だ。工場でも使わない手はない。AIで行うことで品質も安定する。工場は基本的にはガスオーブンを使用しているため、今ガスオーブンでAIモデルの調整と実証を進めているところだ」と松本氏は語る。
また、AIによる自律化の範囲の拡大も目指す。「基本的には生地の条件を基に、自動的に焼き具合を判断できるようにしたい。そのためにはどういう配合でどういう気温や湿度などの条件であれば、どういう焼き具合とすればよいのかを判断するための、相関関係を洗い出す必要がある。今はその作業を行っている。こうした生地情報のデータベースができれば、さらに適用できる範囲が広がる。同様に、生地の素材も抹茶やチョコレートなどに対応できるようにしていきたい」と松本氏は今後の展望について述べている。
バウムクーヘンが日本に伝えられて100年が経過する中、今までとは大きく異なり、人手に頼らず時間と距離を超える新たな作り方の世界が開こうとしている。
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