トヨタも採用する「バイポーラ型電池」、出力を向上できる仕組みとは:今こそ知りたい電池のあれこれ(7)(3/3 ページ)
今回は、「バイポーラ型電池」とは何か、これまでの電池と何が違うのかといった点を解説していきたいと思います。
三洋化成工業グループ会社であるAPBは「バイポーラ型リチウムイオン電池」の開発を手掛けています。この電池の特徴は「電極合材」「電解質」「集電体」など、全ての構成部材が「樹脂」(Polymer)でできた「全樹脂電池」(All Polymer Battery)であるという点です。
構成部材が全て樹脂であるという電池設計そのものが、先ほど述べたバイポーラ型電池の3つの課題点への対策となっています。
- 集電体材料の選択→導電性をもった樹脂集電体を採用
- 充放電に伴う体積変化→樹脂材料に特有の柔軟性でカバー
- セル間の液絡→電解質のゲルポリマー化による流動性低下
その他にも、電気抵抗の大きな樹脂材料を用いることで短絡時にも大電流が流れにくく、従来のリチウムイオン電池よりも異常発熱による発火リスクが低減するというメリットがあります(参考:リチウムイオン電池で発熱や発火が起きる要因を整理しよう)。
また、バイポーラ構造による必要部品点数の削減や全樹脂化による製造工程の簡略化によって、従来のリチウムイオン電池よりもコストメリットがあるとされています。
安全かつ低コストであるという特徴を生かし、まずは定置用電池としての活用を目指した単一品種の大量生産が進められる予定です。自動車メーカー各社への個別対応が必要な電気自動車(EV)用の電池市場には当面進出しない模様ですが、今後のさらなる発展が期待されます。
バイポーラ構造と全固体電池
先述の通り、バイポーラ型電池における最大の課題は電解液を使用することによるセル間の液絡です。これまで本コラム連載を読んでくださっている方ならば既にお気付きかもしれませんが、この課題を解決できる手段の1つが電解液を使わない電池、すなわち「全固体電池」です。一般に全固体電池のメリットとして挙げられる特性の中には固体電解質によるものだけではなく、バイポーラ構造の使用を念頭に置いているものが含まれる場合もあると思われます。
2021年9月16日、マクセルはバイポーラ型全固体電池のサンプル出荷を開始する予定であると発表しました。バイポーラ構造の適用による高電圧・高出力が実現されています。
今回の「バイポーラ型電池」や前回解説した「全固体電池」は近年何かと注目を浴びておりますが、いずれも古くから検討されてきたものであり、電池技術者たちにとっては決して目新しい技術というわけではありません。しかし、その課題の多さ故に、実用化困難、実質不可能ではないかとさえ言われていたこともあります。
そういった技術が徐々に実用化へ至り始めているというのは、電池業界に携わるものの1人として純粋にうれしく思います。日本カーリットの受託試験部では、今後も性能評価を通し、電池技術の発展に貢献できるよう努めて参ります。
著者プロフィール
川邉裕(かわべ ゆう)
日本カーリット株式会社 生産本部 受託試験部 電池試験所
研究開発職を経て、2018年より現職。日本カーリットにて、電池の充放電受託試験に従事。受託評価を通して電池産業に貢献できるよう、日々業務に取り組んでいる。
「超逆境クイズバトル!!99人の壁」(フジテレビ系)にジャンル「電池」「小学理科」で出演。
▼日本カーリット
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▼電池試験所の特徴
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▼安全性評価試験(電池)
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