リコー発スタートアップに見る、新規事業の育て方とアフターコロナのモノづくり:イノベーションのレシピ(2/2 ページ)
リコー発のスタートアップであるベクノスは2020年9月16日、第1弾製品としてペン型の全天球カメラ「IQUI(イクイ)」を発表した。本稿では、ベクノスが開発した製品とともに、リコーの新規事業への取り組みとコロナ禍におけるモノづくりの在り方について紹介する。
アフターコロナのモノづくりの在り方
さて、ベクノスではこの「IQUI」のプロトタイプを2020年3月に発表したが、その時はエンジニアリングサンプルの状態だったという。そこから6カ月をかけて、量産までこぎつけたことになる。つまり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により人の移動が制限された状態で、試作段階から量産立ち上げを行わなければならなかったのだ。
「IQUIの量産工場は中国にあるが、既に3月に発表した時には、日本と中国でエンジニアが行き来することは難しくなっていた。リコーでのさまざまな開発経験もあったが、フルリモートで量産を立ち上げたというのはキャリアでも初めてのことだ。新しい人材、新しいパートナーで、量産の立ち上げやアプリ、マーケティングなどについても全てフルリモートで実現した。数年前では考えられないモノづくりスタートアップの1つの新しいプロトタイプになったと考えている」と生方氏は語る。
しかし、「IQUI」はデザイン性を高め、高級感を演出した精緻なモノづくりが必要になるため、フルリモートで進めるには「苦労しかなかった」と生方氏は振り返る。
「製品の細部にまでこだわっているため、デジタル技術がいくら発展しているとはいえ、最終的にはモノがないと判断できないことが非常に多かった。試作して送って評価するということを何度も繰り返し、問題がなくなるまでやり続けるしかなかった。個装箱1つを修正するだけでも何度もすり合わせを行い、大きな苦労があった」(生方氏)
最も苦労したのは、4眼の光学系部分の生産だという。「光学系は全く新しく設計したものだ。そのため、既存の生産設備でそのまま作れるわけでなく、一部生産設備も独自で設計している。これをリモートで全て調整する必要があったわけだが、これが本当に大変だった。データなどのリモートでのコミュニケーションに載せられる材料だけでは解決が難しかったが、最終的には工場側の現場の技術者と、本社側の熟練技術者が知見や経験を生かしたすり合わせを行い、なんとか形にすることができた。フルデジタルでは実現が難しく、今まで蓄積された分厚い経験のやりとりがあって初めて実現できた」と生方氏は語り、熟練技能の重要さを訴えた。
「1国3制度」でリコーが作る新たな事業の生み出し方
一方、ベクノスを送り出した側であるリコーも、ベクノスの船出には大きな手応えを感じているという。リコー 代表取締役 社長執行役員でCEOの山下良則氏は「事業経営においては、基盤事業を深めることと、新しい事業を作り出すことの両輪が重要になる。しかし、新しい事業を創出するのは難しい。その理由はさまざまなものがあるが、一方で成功する会社には共通点があった。それは『新たな挑戦を応援する文化や風土がある』ことと『敗者復活の土壌がある』ことだ。これらを踏まえてリコーでは、『1国3制度』という方針を打ち出した。その3つ目の制度における最初の成功企業がベクノスだ」と語っている。
リコーが新規事業に必要だと考えて取り組む「1国3制度」とは、事業を3つに区分してそれぞれに合った制度で運営していくという考えだ。第1の制度では、コア事業を対象とし「コア事業にふさわしいルール・プロセス」で運営する。第2の制度では、社内で育てる新規事業を対象とし「社長直轄組織でこれまでのルールからは治外法権」で運営する。そして、第3の制度は、社内では十分に育てきれないと考えた事業で「社外へのカーブアウト」を行うというものだ。
山下氏は「リコーとしての最大のサポートはいちいち口を出さないことだと考えている。新しい事業が世の中に受け入れられるかどうかは、社会にいかに貢献できたかで決まる。リコーの創業者である市村清氏は『世の中の役に立つ事業をすればおのずと収益は付いてくる。つまり“もうける”のではなく“もうかる”のだ』という言葉を残した。社外に出した新しい事業の成功もまさに、こうした社会への貢献を誠実に突き詰めた先にある」とエールを送っている。
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