ポストコロナの自動車産業に必要な3つの視点:和田憲一郎の電動化新時代!(38)(3/3 ページ)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、全世界で感染者が1300万人を超え、死者も57万人に上っている(2020年7月15日時点)。ニュースでは自動車の販売がいつ元に戻るのかとの論調が目立つが、ポストコロナは単に元の状態に戻すことだけで良いのだろうか。長期視点で見たとき、もう少し違った視点で捉え、今から対応策を練り直す必要があるように思えてならない。今回はこれについて筆者の考えを述べてみたい。
チャンスと捉えている企業も少なくない
忘れてならないことがある。COVID-19の感染拡大は同時期にグローバルで起こったのではなく、地域によりかなり時間差があったという点だ。最初は中国で発生したが、現在では北京で一部発症があるものの全体的には収まっている。一方、米国では第2波の到来が大きな社会問題となっている。そして、落ち着いてきた国や企業は、これをチャンスと捉え、より業態の拡大を図ろうとするのではないだろうか。
特に、収束が早かった中国は要注意である。もし筆者が中国大手自動車メーカーの戦略を考える立場にある場合、どのような戦略を取るのか仮説として考えてみた。
(1)M&Aのチャンス
COVID-19で疲弊している自動車メーカーは多い。そうであれば、中国自動車メーカーから見て、日本やドイツなどで技術力のある自動車メーカーはM&Aの対象として浮かび上がる。中国では、EVバスやEVトラックも今後飛躍的に伸びる可能性があり、グループ企業として日系の商用車メーカーなどを迎え入れたいと思うだろう。もちろん、一般の自動車メーカーに対しては、技術提携から資本提携などの方策を取ることも考えられる。
(2)自動車の基盤技術を高めるチャンス
中国自動車メーカーの最大の弱点は、クルマの基盤技術にあると思われる。その証左として、中国国内では販売可能であるが、ワールドワイドで展開できる車両は極めて少ない。衝突安全性も含めたプラットフォーム構想、自動運転車に必要な構造など、多くの基盤技術を高めるチャンスを狙っている。そのための方策として、中国国内への大規模なR&Dセンターの誘致、中国自動車メーカーが日独の自動車メーカーと合弁でR&Dセンターを設立するなどが想定される。
(3)要素技術を高めるチャンス
中国では、新エネルギー車をターゲットに大手やベンチャーで多くの企業が乱立しているが、要素技術の実力は必ずしも高くない。モーターやインバータ、さらにその要素となる電子部品など、多くを海外部品メーカーに頼っている。自動運転に必要なカメラ、センサー類なども同様である。先般、オリンパスがカメラ事業を手放すことで話題となったが、中国の自動車関連企業が日独などで要素技術の高い部品メーカーに対してM&Aを持ち掛けることも考えられる。
なお、こうした仮説を考えるにあたって、真っ先に思い浮かんだのが、孫子の「孫子兵法」であり、よく引き合いに出される名言として「兵とは詭道なり」がある。つまり、軍事では相手を欺いたり、意表を突いたり、相手の裏をかくことこそ戦略だと説く。
これらの仮説を中国の自動車関連企業が実行しようとする場合、このような視点から具体策を立案するのではないだろうか。今回、日系企業はどちらかといえば受け身の立場であると想定したが、必ずしも悲観的になる必要はない。戦いの本質が虚実の駆け引きであるならば、弱者が強者に勝てる戦いに持ち込むことも、この戦略で対応できると孫子は説く。
COVID-19対応のために、自動車産業は課題が山積しており、目の前の問題点の解決に注目しがちである。今回は中国を仮説として考えたが、感染症がまん延していたとしても、世界の自動車戦争は止まることはない。逆にこれをチャンスと捉え、今までとは違った視点を持ち、動き始めているところもあろう。日本の自動車産業のマネジメント層も、対応策を練り直す必要があるように思えてならない。
筆者紹介
和田憲一郎(わだ けんいちろう)
三菱自動車に入社後、2005年に新世代電気自動車の開発担当者に任命され「i-MiEV」の開発に着手。開発プロジェクトが正式発足と同時に、MiEV商品開発プロジェクトのプロジェクトマネージャーに就任。2010年から本社にてEV充電インフラビジネスをけん引。2013年3月に同社を退社して、同年4月に車両の電動化に特化したエレクトリフィケーション コンサルティングを設立。2015年6月には、株式会社日本電動化研究所への法人化を果たしている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- EV向けワイヤレス給電、実用化の最終段階へ!
先般、EV(電気自動車)用充電インフラに関して重要な出来事があった。ワイヤレス給電はこれまで米国のベンチャー企業であるWiTricityと、半導体大手のQualcommが激しい国際標準化争いを続けてきた。しかし、WiTricityがQualcommのEV向けワイヤレス給電事業「Qualcomm Halo」を買収することとなったのである。これにより、標準化争いは終止符が打たれるものの、すぐに実用化に移れるのだろうか。 - AIによる都市交通管理システムの将来像を考える
2018年秋に中国杭州市における人工知能(AI)を活用した都市交通管理システム「シティーブレイン」が話題となった。2019年3月に杭州市を訪問し、これを開発運用しているアリクラウドの担当者から直接確認する機会を得た。そこで筆者が感じたのは、このAIによる都市交通管理システムは、まさに始まりにすぎないのではということであった。今回はAIを活用した都市交通管理システムはどこまで進展していくのか、将来像も含めて筆者の考えを述べてみたい。 - コロナ禍で止まった世界中の自動車生産、改めて考えたい「BCP」
このコラムでは、自動車業界に勤めている人にとっては当たり前だけど、他業界の人からするとさっぱり分からない、自動車業界専門用語を幅広く分かりやすく解説します。用語の意味だけでなく、業界全体の動向を絡めて説明していきたいと思います。記念すべき第1回目は、現在コロナ禍でも非常に重要な役割を果たしている「BCP」です。 - 北米と欧州で操業再開、日系乗用車メーカーの5月の世界生産
日系乗用車メーカー8社の2020年5月のグローバル生産実績は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大の影響を受け、4月に続き国内、海外ともに8社すべてが前年割れとなった。グローバル生産台数は8社全てが前年同月比で半数以下となったものの、4月と比較するとメーカーによって傾向が分かれた。 - 日本の製造業を取り巻く環境と世界の“不確実性”の高まり
日本のモノづくりの現状を示す「2020年版ものづくり白書」が2020年5月に公開された。本連載では3回にわたって「2020年版ものづくり白書」の内容を掘り下げる。第1回では日本の製造業の現状について整理した上で、日本の製造業を取り巻く“不確実性”について解説する。 - アフターコロナを生き抜く製造業が“ニューノーマル”で求められるものとは
サブスクリプションに代表される、ソフトウェアビジネスによる収益化を製造業で実現するためのノウハウを紹介する本連載。第5回は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大により大きく変容した社会情勢を指す“ニューノーマル”の中で、製造業に求められるものについて論じる。