「根気」を生み出す脳内メカニズムを解明:医療技術ニュース
慶應義塾大学が、目標の達成まで行動を続ける「根気」を生み出す脳内メカニズムを解明した。根気を継続するには、腹側海馬の活動を抑制する必要があり、その活動抑制にセロトニンが関与していることが分かった。
慶應義塾大学は2019年4月16日、目標の達成まで行動を続ける「根気」が、どのように生み出されるのか、その脳内メカニズムを解明したと発表した。同大学医学部 準教授の田中謙二氏らのグループによる研究成果だ。
研究ではまず、マウス実験によって根気を定量化した。マウスにレバーを複数回押せばエサがもらえることを学習させた上で、食事制限を課し、エサが食べたいという目標を持たせる。その後、制限時間内にレバーを必要な回数押すことができれば成功(エサを獲得)として、その成功率により根気を評価した。成功率は、必要なレバー操作の回数が増えるほど、つまり、課題の難易度が増すにつれて下がった。
次に、不安が高まると動きが活発になる腹側海馬に注目し、腹側海馬の活動と根気の関係を調べた。その結果、エサを獲得するためにマウスの根気が継続している間は、腹側海馬の活動が抑制され、目標を達成せずにレバー操作をやめた場合は、腹側海馬の活動が元に戻ることが分かった。
さらに、腹側海馬の神経活動を変化させ、行動の変化を調べた。マウスがレバー操作をしている時に腹側海馬神経細胞を人為的に興奮させて、活動抑制を解除したところ、成功確率が下がり、逆に活動を抑制すると成功確率が上がった。この結果から、腹側海馬の活動を抑えることが、根気の継続に必要であることが明らかになった。
続いて、腹側海馬の活動を抑制する神経伝達物質の1つとして知られるセロトニン(5-HT)について、マウスの根気が持続している時の腹側海馬の活動抑制に、5-HTが関わっているかを調査した。その結果、レバー操作中に5-HT神経が活性化すること、さらに海馬で放出されるセロトニンが、セロトニン受容体3Aを介して海馬神経細胞の抑制を引き起こしていることが確認された。
今回の研究により、根気の継続に腹側海馬とセロトニンが関わっていることが明らかになった。例えば、意欲低下が生じるうつ病の治療にこの成果を応用して、認知行動療法のために定期的に通院する根気が続くよう働きかけるなど、新たな視点からの治療法につながることが期待される。
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