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欧州のPFAS一括規制の動向と問題点PFASリスクの基礎知識(2)(2/2 ページ)

PFASの基礎知識やリスクなどを紹介する本連載。第2回は欧州におけるPFAS一括規制の内容とその問題点ついて解説する。

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PFAS一括規制の問題点

 第1回でも書いたように、PFASはその優れた特性からさまざまな用途に使用されており、これらが一度に禁止になってしまうと私たちの生活に大きな影響が出ると考えられる。規制によって化学物質のリスクが減るのであればまだしも、減るのかどうかすらも分からないのだ。これがPFAS一括規制の最も大きな問題点である。

 もっとも、PFAS一括規制は代替物質開発のチャンスであり、イノベーションにつなげるきっかけにすべき、との意見もある。しかしながら代替物質の開発に与えられた猶予期間は最大でも12年であり、その間に開発できなかった場合には生活への大きな影響が現実になるのだ。さらに、PFASに含まれる多数の物質のリスクもよく分からない中で、新しく開発された代替物質がPFASよりもリスクが低いという根拠がどこにあるのだろうか?。安易な代替は別のリスクを引き起こす可能性がある。このことを「リスクトレードオフ」と呼ぶ。

 このように考えれば、PFOSやPFOAのような懸念のある物質群とフッ素樹脂のような無害な物質群を一緒に「PFAS」とくくってしまったことがやはり根本的な問題だったということになろう。「PFAS」というくくりはその中身が何なのかを見えなくしてしまうため、PFOS、PFOA、PFHxS(これら3つをまとめて特定PFASと呼ぶ)などとしっかりとその内訳を示した方がよいだろう。

 そうなると、PFASの各物質群でのリスク評価はやはり必須になるだろう。その際、製品の特徴を考えて、環境中に出ていきやすい用途とそうではない用途を区別する必要がある。どのような物質をどのような用途で使った場合にリスクの懸念が出てくるのかを明らかにし、懸念があるものについては他の物質に代替していく、というきめ細かい管理が求められよう。とにかく「PFAS」は全て禁止、というような雑なリスク管理では、化学物質のリスクを下げるという本来の目的を達成できない。それどころかリスクを増大させてしまう可能性すらあるのだ。

図2 リスクトレードオフの考え方
図2 リスクトレードオフの考え方[クリックで拡大]

予防原則とリスクトレードオフの問題

 欧州のPFAS一括規制は、「予防原則」を適用した結果、すなわち科学的なリスク評価よりも政治的な判断を尊重した結果である。この予防原則の考え方と問題点についても整理しよう。

 化学物質のリスク管理は基本的に「未然防止」の考え方をとる。すなわち、取りあえずその物質を使ってみて何らかの被害が出たら禁止にしよう、という事後的な管理をする考え方ではない。この「未然防止」は「予防原則」と言葉的には似ているものの、考え方としては大きく異なる。「未然防止」とは、リスクが明らかなものに対してそれが顕在化する前に防止することであり、酒を飲んだら運転しない、危険な地域で夜一人で出歩かない、などリスクを上昇させることが分かっていることについて被害を未然に防止することである。

 一方で「予防原則」は、リスクがあるかどうか不確実な場合でも対策をするべきという考え方で、「未然防止」とは異なる考え方である。予防原則「Precautionary Principle」という言葉が使われている1998年のウイングスプレッド宣言では「ある行為が人間の健康あるいは環境への脅威を引き起こす恐れがある時には、たとえ原因と結果の因果関係が科学的に十分に立証されていなくても、予防的措置がとられなくてはならない」と書かれている。

 これは「疑わしき場合は危険と考えろ」「後悔するよりも安全が第一」という一見非常に素晴らしい考え方に見える。ただし、実際には予防原則の考え方はリスクトレードオフに対して無力ある。リスク管理ではほとんどの場合に「あちらを立てればこちらが立たぬ」というリスクトレードオフを考慮する必要があるのだ。ある物質Aを予防原則により禁止すると異なる物質Bに代替される場合を考えよう。

 本来であれば、代替となる物質Bにも予防原則を適用しなければ一貫性がない。すると、「物質Bのリスクについて予防原則を適用すると、物質Aを禁止することはできない」となってしまう。つまり、リスクトレードオフ関係にある両者に同時に予防原則を適用すると、何もできなくなってしまうのだ。

 他にもさまざまな例が考えられる。例えば、「新型コロナウイルスの感染拡大が手遅れになる前にワクチンを接種しよう」という意見と「コロナワクチンの接種は長期的な悪影響が分からないのでやめた方がよい」という意見があったとすると、それぞれが予防原則的な考え方をとっているものの、両者は矛盾しており両立しない。結局のところ、ウイルスのリスクとワクチンのリスクを評価しててんびんにかけるしかないのだ。

 PFASのリスクにだけ予防原則を適用するのは、「PFASが嫌い」と言っているのと何も変わらない。PFASのリスクに不確実な部分が大きい場合であっても、すでに分かっている知識を最大限活用してリスク評価を行い、意思決定に役立てようとする考え方が結局のところ必要になる。これは新たな知識を生み出すことを目的とする「アカデミックサイエンス」とは異なり、断片的な知識を判断に応用することを目的とする「レギュラトリーサイエンス」の考え方になる。PFASの一括規制にもこのような考え方が必要になるだろう。



 次回はPFASが使用できなくなったらわれわれの生活に具体的に「どのような問題が起きるのか?」についてさらに解説する。

⇒ 連載バックナンバーはこちら

筆者紹介

永井孝志

リスク分析を専門とする研究者。博士(理学)。ブログ「リスクと共により良く生きるための基礎知識」を運営。著書に「基準値のからくり」や「世界は基準値でできている」。国立研究開発法人で化学物質の環境リスク評価等に従事しているが、本記事は所属機関における業務とは無関係である。


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