スポンジチタン廃材の再生技術の展開と応用:スポンジチタン廃材の再生技術(4)(3/3 ページ)
本連載では、大阪大学 接合科学研究所 教授の近藤勝義氏の研究グループが開発を進める「スポンジチタン廃材の再生技術」を紹介。第4回では、スポンジチタン廃材の再生技術の展開と応用について解説する。
LPBF法により酸素を含むチタン材を作製する方法
次に、酸素固溶現象による純Ti造形材の結晶組織構造の変化について、結晶方位(EBSD)解析を用いて調査した。Ti-X% TiO2(X=0、0.5、1.0)造形材を対象に、積層方向での断面組織を観察した。α-Tiの逆極点図(Inverse Pole Figure、IPF)マップ、Image Quality(IQ)像、{0001}面の極点図(Pole Figure, PF)を図4に示す。
試料(a)の純Ti材(TiO2無添加)のIPFマップと極点図が示すように、積層方向と平行に{0001}面が向いた幅30〜80μmの柱状結晶粒が形成されている。一方、TiO2粒子を添加した試料(b)と(c)では、幅が約4〜6 μmの微細な針状α粒(マルテンサイト相)が試料全域に確認できる。{0001}面の極点図中の集積度合い(Imax値)に着目すると、試料(a)では45.2であるのに対して、0.5%TiO2添加材の(b)ではその3分の1程度、1.0%TiO2添加材(c)では約6分の1と大幅に減少した。また、極点図を比較すると、試料(a)で確認された{0001}面の強い配向は、TiO2添加によって緩和している。このように酸素固溶量の増大に伴い、造形体素地を構成するα-Ti相の結晶配向性は著しく低下し、等方的な配向性を形成した。
他方、全ての試料において、IPFマップ内に破線で示すように、積層方向に沿って同一の結晶方位群を有する集合組織が観察される。これはTi粉末が溶融して液相からの凝固過程において、初相として析出するβ相(破線は旧β粒界)に対応しており、これが{011}β//{0001}α、[111]β//[11-20]αの結晶方位関係を満足するBurgersの関係[参考文献7]に従ってα相に相変態する際に可能な全ての面で変態が生じる。
このように全てのLPBF造形体において、旧β粒は積層方向にエピタキシャル成長するが、微細な針状α-Ti粒の生成挙動は酸素固溶量によって大きく異なる。その微細化機構は次のように考える。酸素はα相安定化元素であり、Ti-O2元系平衡状態図[参考文献8]から酸素量の増加に伴ってα+β二相温度域が増大する。積層造形過程では、液相からβ相が析出した後、極めて短時間でβ相とα初相が混在する温度域(二相域)に到達する。その際、酸素量が増加することでα初相の生成量が増大する。その過程でβ相の変態後に旧β粒内から生成する2次α相の粒成長をα初相が抑制する。それ故に、α初相の生成量が増加すると、針状α粒のさらなる微細化と緻密化を促すと考えられる。
次に、LPBF法で作製した酸素固溶Ti材の引張特性および、従来の溶解法と粉末冶金法で作製したTi-O系材料との特性比較について紹介する。まず、Ti-O積層造形材の引張強さに及ぼす酸素量の影響に関して、常温での引張試験結果を図5に示す。
試験片は、同図内の模式図に示すように引張方向が積層方向に対して垂直となるように放電加工により1試料から試験片2本(TiO2無添加材は3本)を採取した。TiO2無添加材の0.2%耐力(YS)は343MPa、最大引張強さ(UTS)は381MPaであった。TiO2添加量の増大に伴い引張強さは増加し、2.0%TiO2(0.89%O)では、YS=1075MPa、UTS=1145MPaと著しい増加傾向を示した。また、破断伸び値に関して、1.0%TiO2(0.54%O)添加材までは約20%と高い伸び値を示したが、その後はTiO2添加量とともに減少し、2.0%TiO2(0.89%O)では5.6%まで低下した。なお、Ti-O系積層造形材の強化機構に関しては、紙面の都合により割愛するが、詳細は参考文献3を参照いただきたい。
比較として、従来の溶解鋳造法(Cast)と焼結押出法(Extruded)を用いてTi-O系材料を作製し、引張特性を調査した。いずれの試料においても酸素量を約0.55%となるように調整した。図6に示すように鋳造材では、高濃度の酸素成分が粒界に偏析するため、塑性変形を伴わずに弾性域で破壊に至った。
一方、微細な等軸粒を有する焼結押出材では、積層造形体と同様に酸素成分がα-Ti相内に均一に固溶することで著しい強度増加と十分な延性発現を確認した。なお、押出材のα-Ti結晶粒径は6μm程度と積層造形体に比べてわずかに大きいため、耐力値は低下するものの、等軸粒を有することで変形過程での回転結晶などにより延性が向上したと考えられる。
以上の結晶組織解析と引張特性評価を通じて、不純物成分である酸素を高濃度に含むTi-O系材料をLPBF法で作製した場合、TiO2添加粒子に由来する酸素原子の固溶現象と針状α-Ti結晶粒の微細化が生じ、耐力値の増加と十分な破断伸び値を発現した。酸素と同様にチタン材における不可避的不純物である鉄や窒素に関しても、LPBF法により作製したTi造形材の力学特向上に資することを明らかにしている[参考文献2、4]。
まとめ
全4回の連載を通じて、不可避的な不純物成分である鉄と酸素がチタン内部で局所的に濃化することで力学特性が低下すること、そして、その要因を粉末冶金法やAM製法を適用することで解消し、高強度と高延性を両立できることを紹介した。この成果を活用することで、従来は廃棄処分されてきたスクラップ素材をチタン合金に再生できることを明らかにした。このことは、鉱物資源に乏しいわが国において、希少金属であるチタンの資源循環の可能性を示唆している。
最後に、スポンジチタン廃材の再資源化製法に関する研究成果について、その独創性/新規性と資源循環に基づく環境負荷低減効果が認められ、令和7年度環境大臣表彰「廃棄物浄化槽研究開発功労者」を受賞した。また、本研究の遂行に際して、環境再生保全機構(ERCA)の環境研究総合推進費および日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業(科研費)による多大な支援をいただいた。ここに、関係各位に対して心から謝意を表す。(完)
筆者紹介
大阪大学 副学長(経営企画担当) 接合科学研究所 複合化機構学分野 教授 近藤勝義(こんどうかつよし)
大阪大学接合科学研究所にて、チタンやアルミニウムなど軽金属を対象に、原子スケールからマイクロレベルでの組織構造制御を通じて、従来は相反関係にあった強度と延性の高次元での両立を可能とする合金/プロセス設計原理や、不純物成分を利用した廃材の高度試験循環プロセスなどの構築を進めている。他方、もみ殻などの農業廃棄物からの高性能素材とエネルギーの同時抽出技術に係る実用化研究にも取り組んでいる。粉体粉末冶金協会副会長や国内外の多数の学術論文誌の編集員を歴任。
参考文献:
[1]中野貴由,桐原聡秀,近藤勝義,西川宏,田中学:デジタル化時代のAdditive Manufacturingの基礎と応用,リブロ社 (2021).
[2]A. Issariyapat, J. Huang, S. Kariya, B. Chen, S. Li, J. Umeda, K. Yamanaka, A. Chiba, K. Kondoh: Sustainable alloy design: Fe-enhanced Ti alloys for superior mechanical performance in additive manufacturing, Journal of Alloys and Compounds, Vol. 1010, 177767(2025).
[3]K. Kondoh, E. Ichikawa, A. Issariyapat, K. Shitara, J. Umeda, B. Chen, S. Li: Tensile property enhancement by oxygen solutes in selectively laser melted titanium materials fabricated from pre-mixed pure Ti and TiO2 powder, Materials Science and Engineering A, Vol. 795, 139983(2920).
[4]K. Kondoh, A. Issariyapat, J. Umeda, P. Visuttipitukul: Selective laser-melted titanium materials with nitrogen solid solutions for balanced strength and ductility, Materials Science & Engineering A, Vol. 790, 139641(2020).
[5]R.M. German:粉末冶金の科学,内田老鶴圃(1996).
[6]Y. Liu, Y. Yang and D. Wang: A study on the residual stress during selective laser melting(SLM) of metallic powder, The International Journal of Advanced Manufacturing Technology, Vol. 87, No.1, p. 647-656 (2016).
[7]W.G. Burgers: On the process of transition of the cubic-body-centered modification into the hexagonal-close-packed modification of zirconium, Physica, Vol.1, No. 7, p. 561-586(1943).
[8]H. A. Wriedt and J. L. Murray: Bulletin of Alloy Phase Diagrams, Vol. 8, p. 378-388(1987).
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
水素を使用したチタン再生技術
本連載では、大阪大学 接合科学研究所 教授の近藤勝義氏の研究グループが開発を進める「スポンジチタン廃材の再生技術」を紹介。第3回では、水素を使用したチタン再生技術について解説する。
鉄を使用したチタン再生技術
本連載では、大阪大学 接合科学研究所 教授の近藤勝義氏の研究グループが開発を進める「スポンジチタン廃材の再生技術」を紹介。第2回では、鉄を使用したチタン再生技術について解説する。
スポンジチタン廃材の再生技術が必要なワケ
本連載では、大阪大学 接合科学研究所 教授の近藤勝義氏の研究グループが開発を進める「スポンジチタン廃材の再生技術」を紹介。第1回では、国内でスポンジチタン廃材の再生技術が求められている要因について解説する。
配線器具用銅合金材の原料をリサイクル銅原料に
パナソニック オペレーショナルエクセレンスと古河電気工業は、製品に使用する銅合金材の原料の一部を、銅地金から廃家電由来のリサイクル銅原料に置き換える再生スキームを構築した。
食塩電解用セルと電極の希少金属をリサイクル実証
フルヤ金属ら4社は共同で、食塩電解用セルとその電極に用いられる希少金属のリサイクル実証を開始する。同実証を通じて、クロールアルカリ業界で金属リサイクルのエコシステムを構築する。
100%リサイクル電気銅の供給と銅の水平リサイクルの社会実装のための準備が完了
JX金属は、100%リサイクル電気銅の供給と銅の水平リサイクル社会実装のための準備が完了した。
関東エコリサイクルで新設備を拡充、冷蔵庫のプラがリサイクル可能に
関東エコリサイクルは、2024年4月から導入しているミックスプラスチック選別装置において、新たに設備を拡充した。



