エコシステムを差別化と成長の糧にする中小製造業の勝ち筋――浜野製作所の挑戦:製造業“X”探訪(3/3 ページ)
多くの製造業がDXで十分な成果が得られていない中、あらためてDXの「X」の重要性に注目が集まっている。本連載では、「製造業X」として注目を集めている先進企業の実像に迫るとともに、必要なものについて構造的に解き明かしていく。第1回は墨田区の浜野製作所を取り上げる。
デジタル技術を使わなくても「製造業X」は実現できる
マスプロダクションの時代から、マスカスタマイゼーションの時代に入り、製造力の競争力は、市場が求めるものを、いかに早く作って市場に送り出すかにシフトしてきているといわれている。そうなると、設計から製造までをいかに早く進められるかが重要となり、フロントローディングがその方策の1つとして挙げられている。
フロントローディングでは、製品開発の初期段階からデジタル技術を活用し手戻りを減らそうとしている。その際、設計から製造にデジタルで指示情報が流れるだけでなく、製造部分で実際にどう作られたかというデータが設計部分に戻ることで、例えば、製造の段階で設計に不具合がある場合、設計部門側に戻った情報を基に、修正が早くできるようになる。
ここで重要なのは、浜野製作所では、製品アイデアを主に考えているスタートアップと、それを形にすることを主に担う浜野製作所が共同で図面を作成していることである。つまり、エンジニアリングチェーン/サプライチェーン/製造現場という3次元に対して、これまでの製品発注側(図面提供)と製作請負側という関係ではない新たな関係性(製品アイデア側とその具現化側)が生まれている。そこでは、図面を双方の意思疎通の道具として活用し、設計段階から連携することで、新しい付加価値を創造している。これが変革のポイントになっているといえる。
設計から製造までの関連指標が全て連携している浜野製作所の場合では、そもそもデジタルで連携する前に、ツール連携の苦労をする必要もなく、情報連携はすでにできている。当たり前だが、デジタル技術の活用有無が重要なのではなく、連携することが重要なのだ。
欧州式の製造業DXでは、全ての部門が統合されたデジタルアーキテクチャの下で各部門が動くことを前提としている。そのため、それぞれのデジタルツールの統合が重要視される。その一方で、日本の場合には、各部門の情報連携が人を通じて行われてきた。それが強みであるとすれば、部門間の連携の在り方をベースとしたデジタル化の在り方をあらためて考えるべきだろう。すでにある日本の現場の連携の強みを生かし、そこで足りない部分や新たな取り組みに必要な部分を、デジタルの力を利用して高度化する視点が必要なのではないだろうか。
浜野製作所が実現した「製造業X」とは
日本の製造業では、設計部門と製造部門が切り離されつつも、製造部門の現場力が強いといわれてきた。ただ、それは矮小化された解釈だといえる。かつての日本が強みとして抱えていた「現場力」とは、製造工程の「どう作るか」ということだけではなく、設計部門が行う「何を作るか」も含めた、モノづくり工程全体を通じた現場の力という意味合いだ。浜野製作所では、エコシステムを通じてこの一連のモノづくり工程を高めることで、自己変革を繰り返し、この一連の「現場力」を高めていることで、かつての姿とは大きく変わり、成長を続けることができている。
浜野氏は「かつて一橋大学 名誉教授の野中郁次郎氏(故人)に『浜野製作所は他社ではなかなかマネのできない取り組みをしており、それが浜野製作所の強みであり、価値である』という言葉を頂いたことがあります。この言葉を励みとして、自分たちの強みを磨いてきました。さらに、これからもブラッシュアップしていきたいと考えています」と語っている。
この「他社ではなかなかマネのできない取り組み」を、製造業Xとの関係で再整理すると以下のようになる。
浜野製作所におけるX(変革)とは、ガレージスミダという共創の場を生かし、新たな発想やアイデアを呼び込み、それを多品種少量で低コストかつ短納期で実現するために、製品企画から製造工程まで議論を尽くし、製品の機能や性能だけでなく、製品の製造上の最適化を図った点だ。加えて、これが自己変革を呼び起こすため、経営にも寄与するというエコシステムを構築した点となる。そして、実現が難しい部分についても、全国の中小企業との連携を含め、外部の知恵や情報を生かし、仲間を作り機能を果たすように変革を進めてきた点もエコシステムを拡張する上で大きな役割を果たした。
浜野製作所では、このエコシステムをさらに拡張するために、構想段階であるが、東京都内の自治体や産業系の研究組織を加えたスケールアップを検討しているという。「製造業X」にはさまざまな形があるが、浜野製作所が作り上げてきたエコシステムにより、成長のサイクルを回す姿は、その1つの姿だと考える。
筆者プロフィール
西垣淳子(にしがき あつこ)
1991年に東京大学法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。経済産業省では日本の魅力を発信するクールジャパン政策や、日本のモノづくり産業支援政策、安全保障貿易スキームにおける機微技術の特定、管理などを担当。特許庁時代には、商標や意匠を活用したブランディング戦略や、技術情報などをベースとした知財ミックス戦略を支援した。その後、石川県の副知事となり、デジタル化、グリーン化などに取り組んだ。2025年から政策研究大学院大学 特任教授、金沢工業大学 産学連携室 客員教授を務める。
楠和浩(くすのき かずひろ)
1988年に九州大学大学院を修了後、三菱電機入社。研究所にてリアルタイムネットワークの研究開発に従事。また、名古屋製作所でCC-Link IEの開発やe-F@ctoryの事業企画などを担当。情報技術総合研究所長、FAシステム事業本部役員技監として研究開発を統括した。2023 年から早稲田大学研究戦略センター教授。ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)WG1共同主査(2022年度)、一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)理事などを務める。博士(工学)。
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