エコシステムを差別化と成長の糧にする中小製造業の勝ち筋――浜野製作所の挑戦:製造業“X”探訪(2/3 ページ)
多くの製造業がDXで十分な成果が得られていない中、あらためてDXの「X」の重要性に注目が集まっている。本連載では、「製造業X」として注目を集めている先進企業の実像に迫るとともに、必要なものについて構造的に解き明かしていく。第1回は墨田区の浜野製作所を取り上げる。
「エコシステム」で次元の壁を越えた変革を
製造業DXの世界では、製造業の構造を、エンジニアリングチェーン、サプライチェーンという2つの軸と、これらが重なり合う製造現場という、3つの観点で捉えられてきた(図1)。
それに加え、スマート製造を実現するため、組織全体を定義した「参照モデル」として、ドイツのインダストリー4.0における「RAMI4.0(Reference Architecture Model Industrie 4.0)」(図2)や、IVIの「IVRA(Industrial Value Chain Reference Architecture)」(図3)などが示されてきた。

図2、左:インダストリー4.0 リファレンスアーキテクチャモデル(RAMI 4.0)、図3、右:IVIのIVRAで定義されたSMU(スマートなモノづくりの単位)[クリックで拡大] 出所:プラットフォームインダストリー4.0これまでの製造業DXといえば、これらの参照モデルにおける次元を超えた取り組みよりも、それぞれの次元内でいかにデジタル化を進めるかということが中心的な取り組みとなってきた。例えば、エンジニアリングチェーンにおけるデジタルツールの活用や、PLMソフトウェアの活用などだ。もしくは、次元を超えた取り組みというと、データ統合やそれを実現するデータ基盤、データスペースなどの話になることが多かった。こちらは、欧州向けの連合型セキュアデータインフラストラクチャの構築計画策定を目指すイニシアチブ「GAIA-X」やその自動車業界用プロジェクトである「Catena-X」などが思い浮かぶところだ。
現在の各参照モデルは、人についての表現も一部であるが、あくまでもリソースとしての捉え方をしているため、エコシステムなどにおいて各プロセスを誰がやるかについて表現することは難しかった。特に次元をまたがる形でエコシステムを構成している場合には、その関係性を表しにくい問題を抱えていた。従って、製造業DXの文脈では「エコシステムは重要」という話は出てきても、これらを構造的に推進する話にはなっていなかった。
既存の次元をデジタル技術でつないでも、それは情報連携の無駄を省略する効率化でしかない。しかも、そこで行われる投資に見合った効率化すら生まれていなかったのではないだろうか。従来結び付かなかった次元を結び、そこで要求されることに応えることで、製造業としての構造そのものに変革が生まれる。そして、そこで新しい価値を生み出すところにつながるのではないだろうか。それを示すことができなかったことに従来の「製造業DX」としての推進に落とし穴が生まれ、真の意味で変革につながる「製造業X」につながっていなかったのではないだろうか。
なぜ浜野製作所は「エコシステム」で変革が進められるのか
では、浜野製作所では、実際にスタートアップ企業とどのように向き合っているのだろうか。
浜野製作所には、多くのモノづくりスタートアップ企業から、日々さまざまなアイデアや製品試作などの相談が舞い込んでいる。ただ、その相談のレベルはまちまちだ。製造業での経験がある人などが課題を明確にして相談に来るケースもあるが、異業種からの参入の場合は、機能を重視する一方で、素材や製造/加工性、品質、コストなどの観点が抜け落ち、実現性に乏しいケースも多い。また、試作と量産の違いについて理解していない場合も非常に多いという。
そうした相談案件に対して、浜野製作所の社員が製品設計、製造工程、生産管理、品質確保、受発注取引、納期の確保、事業採算性の確保を踏まえながら、一緒に試作、設計、製造を進めていく。また、相談企業の製品分野などによっては、浜野製作所の既存の能力では難しいものもある。これに対しては、自社内で新たな挑戦として取り込んでいくか、難しい場合は全国の中小製造業のネットワークを駆使して、実現性の高い形に導いていく。
こうした取り組みは、同じ次元でプロセスが分断している状態では対応ができない。スタートアップの要求は、エンジニアリングチェーン/サプライチェーン/これらが重なる製造現場が、さらに製品企画という上流工程から絡み合っており、モノづくりのプロセスに分解されているわけではないからだ。
つまり、何をどんな素材で作るか、どうやって作るか、どれくらい作るか、採算性は担保されているか、ロットの数に応じて誰が作るのが適切か(大企業か中小企業か)などなど、さまざまな課題を解決しながら、開発設計から実際の試作品開発まで1つ1つ条件を確認しながら、切り分けて詰めていく必要がある。そして、その後の量産に向けた対応についても、ロット数に応じて検討しながら、素材や工程についても事前に検討し、製品価値を示すためだけでなく量産を見据えた試作品(プロトタイプ)の作成を行う。
先述したように、従来の製造業DXでは、「D」に注目が行くばかりに、同じ次元のプロセスであっても、デジタル技術でつなぐということに焦点が当てられてきた。しかし、浜野製作所の取り組みでは、必ずしもデジタル技術を活用しているわけではなく、アナログベースも多いものの、これらのプロセスが分断されずに社内外の人と人とのつながりや協力で連携が進んでいる。こちらの方が、本質的な変革ではないのか。
例えば、よく出てくる設計部門と製造部門との情報連携の困難さについても、DXの観点で考えると、設計で使われるCADの図面やそこで用いられるeBOMと、実際の製造工程におけるCAMとの連携や、そこで必要とされるmBOMを連携させることばかりが語られ、ツールの問題として捉えられている。しかし、浜野製作所の取り組みを見ると、これを人の知能や知見、つながりで実現しているため、情報連携がツールの問題とは無関係で、解決できている。これらを見ると「製造業DX」もまず「D」を抜いて変革の意義を考えることが重要であることが分かる。
こうした変化について浜野氏は以下のように語る。
「もともとの下請け的な業務が中心でしたが、今はこうした下請け的な案件の比率は減っており、設計開発から着手する業務が6割以上となっています。また、連携してきたスタートアップ企業は、現在では450企業を超えています。スタートアップ企業との関係では、何を作るかというアイデアや図面を起点として、どうやって作るかを一緒に考えていきます。それを繰り返しているうちに、さまざまな知見が浜野製作所内に蓄積されていきました。それで、一緒に学んで成長してきました」
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