もっと自由なCNCへ〜第3期後編 PCベースCNCの登場:CNC発展の歴史からひもとく工作機械の制御技術(6)(4/4 ページ)
本連載では、工作機械史上最大の発明といわれるCNCの歴史をひもとくことで、今後のCNCと工作機械の発展の方向性を考察する。今回は最終回として、PCベースCNCが誕生してCNCの自由化が進んでいる現代について紹介する。
自由度の高いPCベースCNCの登場
続いて、PCベースCNCを実用化したのが、ドイツの制御装置メーカーのベッコフオートメーションだ。1986年に初めてPCベースのPLCを開発し、その後、2006年にPCベースCNCを開発した(図9)。これが日本国内において、本格的に展開されるようになったのは2018年のJIMTOF2018以降である。
構成の中心となる産業用PCには、OSとしてWindowsが搭載されている。この上に独自のソフトウェア「TwinCAT」をインストールすることで、Windows上でソフトウェアCNCを遅延なくリアルタイムに動作させることが可能となる。
そもそもPC上で、特にリアルタイムOSではないWindows OS上において、CNCなどの機械制御のための演算処理を行うには周期安定性に課題があり、通常では実現が不可能だった。そこで、TwinCATはあらかじめCPUやメモリといった自身の動作に必要なリソースを確保しておくことで、他のアプリケーションやOSの割り込みを一切受けずに優先的に動作できるようにした。
このソフトウェア技術と、EtherCATという高速通信プロトコルおよびPCベースのハードウェアメリットを組み合わせることにより、最速で50μsという制御サイクルタイムの実現を可能にした。当初はOSとしてWindowsのみを対象としていたが、現在はLinuxなどのリアルタイムOSにも拡張を進めている。
このPCベースCNCを用いることにより、工作機械メーカーは自由度の高い機能開発が可能となる。これを従来までのCNCとの比較で示したのが図10である。
センサーの接続とモニタリングが容易であり、制御ロジックの追加実装が可能で、ドライブアンプやモータの自由な選定、汎用ソフトウェアの活用ができるなど、自由度の高いCNCであることが特長となっている。
今まさに、マイクロプロセッサのCNCからPCベースCNCへと時代が移り変わりつつあり、これによりCNCの自由化が進んでいることの象徴ともいえるだろう。
まとめ〜今後加速するPCベース世代への移行
今回の記事では、新しく登場したPCベースCNCについて紹介してきた。振り返れば、ハードワイヤード回路のCNCからマイクロプロセッサのCNCへの移行により、ソフトウェアによるCNC演算処理の開発が可能となり、これによってCNCは大きな発展を遂げて工作機械の標準となったのである。それと同じ大きな変革がこれから起ころうとしている。PCベースCNCへ移行すると工作機械のソフトウェア機能開発における自由度は大きく向上し、さまざまな知能化機能や自律制御機能が登場することになるだろう。
しかし、現時点ではPCベースCNCはまだまだ少ないということも現実である。特に、日本で大きなシェアを持つファナック(図11)、欧州で大きなシェアを持つシーメンス(図12)、シェアは少ないものの欧州で大きな存在感を示すハイデンハイン(図13)のCNCは、最新の製品においてもマイクロプロセッサのCNCであると考えられる。
ただし、CNCの設計構造は各メーカーにとって秘匿性の高い技術要素でもあり、これは現時点で入手できる公開情報を元にした筆者の予想である。また、将来的にはこの3社がPCベースCNCへと移行し、これによりCNCの自由化が本格的に進むことになるだろうとも予想しており、その変革を楽しみにしている。
これまでCNCの発展の歴史について6回の連載記事で解説してきた。CNCの歴史をたどることで、CNCの役割と技術を少しでも深く知っていただけたのであればうれしく思う。
CNCによって制御される工作機械は機械加工を行う装置である。大きく発展して普及が進んできたCNCだが、最新技術をもってしても、切削工具とワークが接触して機械加工が行われているその瞬間の全ての情報を、CNCが完全には把握できていないというのも事実である。
これは例えるなら、目が見えない中で最適な加工を模索している状況ともいえるだろう。加工事象に対して的確なモニタリングを行い、より適切な制御を実施することにより、工作機械が一層発展していく可能性があると考えている。このような形でCNCがさらに進化していくことを期待し、その一端を私自身も担っていくことができたらと思う。
謝辞:本稿は高桑MT技術士事務所 高桑俊也氏の監修の下、執筆を行った。CNCの歴史についての知見とその整理の方法など、実に数多くの助言をいただき、ここに同氏に対して感謝の意を表する。
著者紹介:
高口順一(こうぐち じゅんいち)
ベッコフオートメーション ソリューション・アプリケーション・エンジニア 博士(工学)
東京大学工学部を卒業後、ものづくりコンサルティングファームに入社。その後、工作機械メーカーを経て、2015年からはドイツの制御装置メーカーであるベッコフオートメーション株式会社にてPCベースPLC/CNCであるTwinCATの技術を担当している。2024年には東京工業大学工学院 博士課程を修了。「センサ信号解析および機械学習に基づくエンドミル加工の状態モニタリング」を研究テーマに据え、工作機械とCNCの発展のために取り組んでいる。
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