核融合炉の過酷な環境に耐えられる究極の材料とは?:核融合発電 ここがキモ(2)(3/3 ページ)
自然科学研究機構・核融合科学研究所 教授の高畑一也氏が、核融合発電の応用知識について解説する本連載。第2回では、核融合炉内の極限環境で使われる材料について解説します。
ブランケット概念設計の現状
欧州は、2005年に核融合発電所の4つの概念設計(モデルAからモデルD)を発表しました[参考文献10]。その中のかなり高度な概念設計であるモデルCを参考に、ブランケットに使われている構造材料の構成について説明します。図6をご覧ください。
このモデルCのブランケットは冷却材に液体のリチウム鉛合金(Pb−17Li)とヘリウムガスの両方を使用します。リチウム鉛は、三重水素(トリチウム)の増殖も兼ねるので、「二重冷却リチウム鉛増殖ブランケット(DCLL)」と呼ばれています。
リチウム鉛は700℃まで温度を上げられるため、発電効率が42%まで向上します(320℃の加圧水だと、発電効率が31%)。ただしRAFM鋼は先に述べた通り、耐えられる温度が500℃までのため、リチウム鉛の流路は高温で使用できるSiC/SiC(図5参照)を内張りします。
SiC/SiCには機械的強度を持たせず、構造的な強度は外側のRAFM鋼が担います。さらに、SiC/SiCとRAFM鋼の間に熱絶縁を施し、RAFM鋼に最高480℃のヘリウムガスを流すことで、RAFM鋼の温度を500℃以下に保ちます。
プラズマに対向している第一壁は700℃になるため、タングステンを貼り付けたODS鋼が使用されます。タングステンはプラズマ粒子が当たっても損耗が小さく、トリチウムの吸収も少ないという利点があります。またODS鋼は、先に述べた通り、スウェリングが起きにくいという特徴があります。このように温度分布に合わせて最適な材料を選定し、ブランケットを構成します。
一筋縄ではいかないブランケットの交換
今回の記事の最後に、核融合発電の実現において最も困難と思われる技術課題を取り上げたいと思います。それはブランケットの交換です。先に述べた欧州の核融合発電所の概念設計では、ブランケットの寿命は150dpaの照射時で計算されています。核融合発電炉を最大出力で運転した場合、ブランケットの寿命は約5年間です。核融合炉の寿命より明らかに短いため、ブランケットは定期的に交換しなければなりません。交換に時間がかかれば、発電所の稼働率が低下し、結果として発電コストの上昇につながります。
ブランケットを交換するためには、トーラス状に配置されたブランケットを、いくつかのセグメントに分割し、超伝導コイルを避けた位置にある真空容器のポートから取り出す必要があります。なるべく大きなセグメントにして取り出した方が、交換に要する期間が短くなります。そこで、どこで分割して、どのポートから取り出すかを、CADを駆使して検討し、さまざまな提案が行われています。
図7は、欧州の原型(DEMO)炉で検討されたブランケットの取り出し方法です。内周側(青の部分)と外周側(赤の部分)に2分割し、円周方向にも薄くスライスするように分割します。合計80のセグメントに分割され、1つのセグメントの重さは最大100トンになります。上部の超伝導コイルのない空間に設けられたスリット状のポートから、ブランケットのセグメントを抜き出していきます。クレーンで直上に上げるだけではだめで、傾けながら引き抜く必要があります。そのため、マニピュレータが付いたクレーンを使用します[参考文献12]。
ブランケットは放射化されているため、人が近づくことはできません。また、放射化されたダストやトリチウムの漏えいを考慮し、密閉された空間で作業する必要があります。そのため、クレーンやマニピュレータの操作は全て遠隔で行われます。さらに、新規ブランケットの取り付け後の配管の溶接も遠隔で実施する必要があります。この作業には、高度なロボット技術が不可欠であることがお分かりいただけるでしょう。
今回は、核融合炉の中でも最も過酷な環境に置かれるブランケットを対象に、材料を中心とした技術課題についてお話ししました。やや専門的な内容となりましたが、「ここがキモ」という連載タイトルの通り、核融合発電を実現するための最重要技術課題をお伝えしたつもりです。材料やロボットの開発には、分野を問わず、多くの技術者の知識と経験が求められます。ぜひ、皆さまのお知恵をお貸しください。(次回へ続く)
筆者紹介
自然科学研究機構 核融合科学研究所/総合研究大学院大学 高畑一也(たかはたかずや)
大阪大学工学部原子力工学科卒業。1989年同大学大学院博士課程中退し、文部省核融合科学研究所(当時)に勤務。世界最大級の超伝導プラズマ実験装置、大型ヘリカル装置の設計・建設に従事する。現在は、自然科学研究機構 核融合科学研究所 超伝導・低温工学ユニットおよび総合研究大学院大学 先端学術院 核融合科学コース 教授。また、広報室長を兼任し、核融合のアウトリーチ活動を牽引している。
参考文献:
[1]小柴昌俊,“論壇:核融合炉の誘致は危険で無駄,”朝日新聞 2001年1月18日朝刊
[4]日本材料科学会,”先端材料シリーズ 照射効果と材料,”裳華房(1994)
[10]EUROPEAN FUSION DEVELOPMENT AGREEMENT, “A CONCEPTUAL STUDY OF COMMERCIAL FUSION POWER PLANTS,”(2005)
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