実際の核融合炉と発電の仕組み:核融合発電 基本のキ(2)(3/3 ページ)
自然科学研究機構 核融合科学研究所 教授の高畑一也氏が、核融合発電の基礎知識について解説する本連載。第2回では、核融合炉/発電の基本的な仕組み、核融合炉に使われる主要装置について解説します。
プラズマの温度/密度を計測する装置
研究用実験装置でプラズマの温度を計測するのは当然ですが、核融合炉でも運転状態を制御するためには温度/密度の計測が必須です。これまでに開発された計測装置の種類は数多くありますが、ここでは電子の温度/密度を計測できる「トムソン散乱計測」を紹介します。図9がその仕組みです。
プラズマに単色のレーザー光を通過させて、その散乱光を球面ミラーで集光し、スペクトル(波長の分布)を測定します。入射したレーザー光は単色ですが、散乱光は電子の熱運動に対応して波長が山型に広がります。高温になるほどその広がりが大きくなるので、広がりを測定して温度に換算します。
これはドップラー効果と呼ばれ、身近では救急車が通過するときのサイレンの音の変化でも体験できます。電子の密度が大きいほど、散乱光の強度が大きくなるので、密度も同時に計測できます。レーザーには強力なパルスレーザーが使われ、LHDでは、20kHzで高速計測できるパルスレーザーが導入され、突発的な現象も観測できるようになりました[参考文献1]。
不純物(ヘリウム灰を含む)を取り除く装置
次に核融合炉でもっとも厳しい部品とされる「ダイバータ」について説明します。ダイバータはプラズマ中の不純物を取り除く役割をします。
真空容器の中を高真空にしたとしても、プラズマに対向する金属壁には必ず炭素や酸素、窒素が付着しています。プラズマ粒子が壁に当たるとこれらが放出されます。そしてプラズマの周辺部で電離したときに、光を放出してプラズマを冷やしてしまいます。ですから、核融合炉では、プラズマ中の炭素、酸素、窒素の濃度は1%以下にする必要があります。
さらに深刻なのが、プラズマ粒子が壁に当たって弾き出された鉄などの金属イオンです。こちらはプラズマの中心部まで冷却してしまうので、さらに厳しく、濃度を0.1から0.01%以下にする必要があります[参考文献2]。
加えて、核融合反応で生成されるヘリウムも不純物になります。こちらはプラズマを冷やすことはない(むしろ加熱する)のですが、蓄積すると、燃料の重水素と置き換わって核融合出力が減少していきます。
ダイバーターシステムでは、図10に示したように磁場に閉じ込められたプラズマの周辺部だけをダイバータ室という別の場所に導き、さらにプラズマをターゲット板と呼ばれる金属板に当てます。ターゲット板に当たったプラズマは温度が下がり、気体に戻ります。それを真空ポンプを使って外部に排気します。これで、外部からの不純物の侵入を防げますし、ヘリウムの希釈もできます。図10はトーラスの断面を表したものなので、ダイバータもトーラス状に一周でつながっています。
ターゲット板は、ロケットエンジンノズルと同等の熱負荷(約10MW/m2)を定常的に受けます[参考文献4]。さらにトカマク型の場合、ディスラプションなどの突発的現象により、短時間ですが、その100倍程度の熱負荷を受ける可能性があり、ターゲット板の損傷にもつながります。このような過酷なターゲット板の材料として最も有力視されているのがタングステンです。また冷却のための水冷配管には銅合金が使用されます。その際のタングステンと銅合金の接着が技術課題となっています[参考文献5]。
水素燃料を供給する装置
ダイバータでプラズマの一部を排気すると、当然プラズマ粒子が減少していきます。そこで燃料を常時注入する必要があります。一番簡単な方法は、水素ガスをプラズマに吹きかける方法(ガスパフ)ですが、中心まで水素は到達しません。そこで考えられたのが、水素の氷の粒(ペレット)を入射する「ペレット入射」です。LHDでは、図11のように水素ガスを-260℃まで冷却して固体ペレット(直径数mm)を作り、高圧ヘリウムガスを使って弾丸のように打ち込んでいます[参考文献6]。ペレットの速度は音速を超える秒速1200mです。この方法で、中心部の粒子密度を増加させることに成功しました。
さて、今回の連載第2回では、実際の核融合炉/発電の仕組みを、磁場閉じ込め方式に限って説明しました。今回、ヘリカル型の図面を多く使いましたが、これは私がヘリカル型のLHDに関係していたためで、記載された内容はトカマク型とも共通しています。もっと装置の写真を載せたかったのですが、教科書のように模式図ばかりになってしまいました。世界中のどの研究機関も、Web上に写真ギャラリーや動画サイトを開設していますので、ぜひそちらをご覧ください。連載第3回(最終回)は、スタートアップを含めた世界の核融合炉の開発状況と将来展望について解説する予定です。(次回へ続く)
筆者紹介
自然科学研究機構 核融合科学研究所/総合研究大学院大学 高畑一也(たかはたかずや)
大阪大学工学部原子力工学科卒業。1989年同大学大学院博士課程中退し、文部省核融合科学研究所(当時)に勤務。世界最大級の超伝導プラズマ実験装置、大型ヘリカル装置の設計・建設に従事する。現在は、自然科学研究機構 核融合科学研究所 超伝導・低温工学ユニットおよび総合研究大学院大学 先端学術院 核融合科学コース 教授。また、広報室長を兼任し、核融合のアウトリーチ活動を牽引している。
参考文献:
[1]核融合科学研究所プレスリリース
[2]Thomas J. Dolan, “Magnetic Fusion Technology,” Springer(2013)
[3]G.マクラッッケン・P.スコット、村岡克紀・飯吉厚夫訳「フュージョン−宇宙のエネルギー−」シュプリンガー・ジャパン(2005)
[4]山崎耕三、「図解入門 よくわかる 最新 核融合の基本と仕組み」秀和システム(2023)
[5]核融合科学研究所プレスリリース
[6]坂本隆一・山田弘司、「LHDにおける燃料供給用ペレット入射システム」、NIFS Report(2005)
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