AI時代のデザイン デザイン業務におけるAI活用の現状と展望:設計者のためのインダストリアルデザイン入門(12)(3/3 ページ)
製品開発に従事する設計者を対象に、インダストリアルデザインの活用メリットと実践的な活用方法を学ぶ連載。今回は「AI時代のデザイン」をテーマに、インダストリアルデザインにおけるAI活用の現状と展望について解説する。
ヒートマップ分析を活用したUIデザインの最適化
昨今、液晶タッチパネルの利用やスマホアプリと連携するような工業製品が増えてきました。これに伴い、工業製品デザインにおいても、Webサービスと同様に、液晶画面を前提としたUIデザインの重要性が高まっています。
適切なUIデザインによる快適な操作体験を提供するには、ユーザーの行動を分析することが重要です。近年、ユーザーの行動データを活用したヒートマップ分析によって、ユーザー行動を可視化し、UIデザインの改善や最適化に役立てるケースが増えています。
ヒートマップ分析それ自体はデータの視覚化技術の一種であり、AIではありません。しかし、ヒートマップ分析とAI技術を組み合わせることで、ヒートマップ分析の精度向上や分析結果の解釈を自動化することができます。
ヒートマップ分析では、アプリケーション上のユーザーの動きやクリック箇所、スクロールの深さなどを追跡し、視覚的に分かりやすく表示します。
代表的な分析項目とその概要は以下の通りです(表2)。
分析項目 | 概要 | 活用方法 |
---|---|---|
クリックエリアと頻度 | ユーザーがどの部分を頻繁にクリックしているかをヒートマップで表示。重要なコンテンツやボタンが適切な位置にあるかを確認できる | クリック率の低いボタンを分かりやすい場所に移動するなど |
スクロール深さ | ユーザーがページをどのタイミングで、どの程度スクロールしているかを可視化。多くのユーザーがスクロールを止める箇所が分かる | コンテンツの配置やページの長さの最適化、重要な情報をスクロールが止まりやすい位置に配置するなど |
マウス動作 | マウスの動きを追跡し、ユーザーが視覚的に注目しているエリアを推測。ユーザーの視線の軌跡やよく見る場所が分かる | 視線の流れが自然になるようなレイアウトの最適化、ユーザーが注目しやすいエリアに重要な情報を配置するなど |
表2 ヒートマップ分析における代表的な分析項目と概要 |
ヒートマップ分析による可視化は、ユーザーがUIのどの要素に興味を持ち、どこで迷っているのかを理解するのに役立ちます。例えば、クリック率の低いボタンを分かりやすい場所に移動したり、ユーザーの視線が集中する場所に重要な情報を配置したりすることで、UIデザインを最適化できます。
ヒートマップ分析についてより詳しく知りたい方は、以下の記事を参照ください。
3.AIがデザイン業務にもたらすメリットと留意点
AI活用は、デザイン業務に革新をもたらすとともに、新たな課題も提示しています。ここからは、AIがデザイン業務にもたらすメリットと留意点について解説していきます。
デザイン業務におけるAI活用のメリット
AIの活用はデザイン業務において、以下のようなさまざまなメリットをもたらします(表3)。
メリット | 内容 |
---|---|
自動化/効率化 | 繰り返し作業や単純作業をAIが代行することで、デザイナーはより創造的な業務に集中できます |
低コスト化 | 自動化/効率化による人件費削減や、検討精度の向上による試作品製作回数の減少によってコスト削減が期待できます |
創造性の拡張 | 人が思い付かなかったような奇抜なアイデアをAIに生成させることで、デザイナーの着想を超えた斬新な成果を生み出すことが可能になります |
分析精度の向上 | さまざまなデータをAIが分析することで、ユーザーの嗜好やトレンドを的確に把握し、ニーズに合致したデザイン提案が可能になります |
表3 デザイン業務におけるAI活用のメリット |
これらのメリットを享受できれば、より良い製品を効率的にデザインすることが可能です。
デザイン業務におけるAI活用の留意点
一方、デザイン業務におけるAIの活用は、留意点もいくつかあります。AIはあくまでもツールであり、それ自体が最終成果物を生み出すわけではありません。
AIを活用する上では、以下のような点に特に注意が必要です(表4)。
留意点 | 説明 |
---|---|
AIの出力結果の解釈 | AIが出力する結果はあくまでも統計的な処理に基づいたものであり、常に最適解とは限りません。デザイン従事者自身の知識や経験に基づいて、出力結果を解釈し、最終的な判断を行う必要があります |
倫理的な問題 | AIの学習データに偏りがある場合、倫理的に問題のあるデザインが生成される可能性があります。デザイン従事者は倫理的な観点から、AIの出力結果を評価する必要があります。 |
著作権/知的財産権の問題 | AIが生成したデザインの著作権や知的財産権は誰に帰属するのか、事前の確認が必要です。AIツールを使用する際には、利用規約やライセンスをよく確認し、著作権や知的財産権に関する問題が発生しないよう留意する必要があります |
AIへの過度な依存 | AIに頼り過ぎることで、デザイン従事者自身の創造性や発想力が低下する可能性があります。AIはあくまでツールとして活用し、デザイナー自身の能力を高めることを意識する必要があります。また、過度にAIツールにのめり込んでしまうと、かえって非効率な作業になってしまう可能性もあります |
表4 デザイン業務におけるAI活用の留意点 |
AIは、その強大な能力故に、倫理観や責任感を伴った活用が不可欠です。特にデザイン分野においては、倫理的側面や知的財産権など、考慮すべき複雑な問題が発生しがちです。そして、これらの問題を軽視すると、思わぬトラブルや法的リスクに発展する可能性もはらんでいます。したがって、AIの恩恵を享受しながら、潜在的なリスクを回避するためにも、上記の留意点を踏まえ、適切なルールやガイドラインに基づいたAI活用を行うことが重要です。
4.AI時代に求められるデザイン従事者のスキルセット
AIはデザイン業務の効率化や創造性の拡張に大きく貢献しますが、あくまでツールの一つであることを忘れてはなりません。AI時代のデザイン従事者は、AIを最大限に活用しながらも、人間ならではの感覚や創造性を生かしたデザインを生み出すことが求められます。
具体的には、以下のようなスキルセットが重要になります(表5)。
スキルセット | 内容 |
---|---|
AIリテラシー | AIの基礎知識、活用方法、メリット/デメリットを理解し、状況に応じて適切に活用する能力 |
データ分析/問題提起力 | AIの出力結果を分析し、次のアクションにつなげる力、そして分析結果から新たな課題や問いを見いだす能力 |
コミュニケーション能力 | AIを活用しながら、チームメンバーやクライアントとの円滑なコミュニケーションを図り、プロジェクトを成功に導く能力 |
倫理観と法的知識 | AIを取り巻く倫理的な問題点や法的規制を理解し、責任ある行動をとる姿勢 |
非デジタル情報収集能力 | ユーザーの行動や感情、社会の潜在的なニーズ、業界動向など、デジタルデータとして記録されていない、生きた情報を収集する能力 |
表5 AI時代に求められるデザイン従事者のスキルセット |
これらのスキルセットを身に付けることで、AI時代のデザイン従事者は、AIを最大限に活用し、より質の高い、そして革新的なデザインを生み出し続けることができます。
5.まとめ
本稿では、AIがデザイン、特にインダストリアルデザインにもたらす影響や現状について、具体的な活用事例を通して解説しました。AI技術の進化が、従来のデザインプロセスや業務に変革をもたらすことは間違いなく、デザイン従事者の役割にも変化が求められます。
本稿で解説したように、AI活用は、業務効率化、コスト削減、創造性の拡張、分析精度の向上など、多くのメリットをもたらします。一方で、AIの出力結果の解釈、倫理的問題、著作権問題、AIへの過度な依存など、留意すべき点も存在します。
したがって、AI時代においてデザイン従事者は、AI技術を理解し、その特性を生かしながら、共存していくことが求められます。そのためには、AIリテラシー、分析/問題提起力、コミュニケーション能力、倫理観、そして非デジタル情報収集能力を身に付けることが必要です。
もし、デザイン従事者がAI技術をツールとして捉え、人間の感性や創造性を生かしたデザインを生み出すことに努めれば、AI時代におけるインダストリアルデザインの可能性はさらに広がっていくことでしょう。 (次回へ続く)
Profile:
菅野 秀(かんの しゅう)
株式会社346 創業者/共同代表
株式会社リコー、WHILL株式会社、アクセンチュア株式会社を経て、株式会社346を創業。これまで、電動車椅子をはじめとする医療機器、福祉用具、日用品などの製品開発および、製造/SCM領域のコンサルティング業務に従事。受賞歴:2020年/2015年度 グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)、2021年/2017年度 グッドデザイン賞、2022年 全国発明表彰 日本経済団体連合会会長賞、2018 Red dot Award best of best、他
≫株式会社346
≫ブログ
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