3Dプリンタ住宅はなぜこんなに安いのか? 住宅づくり自動化の第一歩を見学:3Dプリンタの可能性を探る(3/3 ページ)
セレンディクスが2024年4月に岡山県で小規模3Dプリンタ住宅「serendix10」を施工した。現地での施工の様子を関係者や施主の声を交えながら紹介する。
施工は基本的に「24時間」でお願いしている
現場では、多くの関係者が入れ代わり立ち代わり見学に来ていた。セレンディクスは協力会社でつくるコンソーシアムを組織しており(現在270社以上)、施工を希望する企業や次の施工を行う企業などが見学や相談に来るという。
施工期間を長めに取りたいという業者も多いそうだが、基本的に「施工会社には『24時間で』とお願いしている」と飯田氏(図10)は語る。施工期間の短さが3Dプリンタ住宅の強みとなる点であり、施工が延びるほどコストがかかるためだ。
今回は24時間から1時間43分オーバーした。これは1つのデジタルデータを複数の工場で出力して組み合わせる初めての施工で想定外のズレがあり、その補修に時間がかかったためだという。輸送コストを抑えるため、原則として出力は現地に近い3Dプリンタで行う。ただし、今回は出力技術の向上の目的も兼ねて、あえて3箇所(3社)で出力したという。
なお、10m2以上の住宅は建築基準法などに適合するかを審査する確認申請が必要だが、serendix10は正確には床面積(壁の中心線で囲まれた部分)が10m2未満であり、かつ都市計画法の区域外のため確認申請は不要だった。1棟目の佐久市の案件は都市計画法の区域内のため、確認申請を行っている。
serendix10は小規模で水回りも付いていないため、グランピングや店舗などの用途を想定している。水回りが備えられた住宅として利用できる「serendix50」(慶應義塾大学KGRI環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センターとの共同プロジェクト)については、間もなく第1号を能登半島に建設する予定だ。
現状のserendix10の設計は、3Dプリンタ出力物を構造体(荷重を支える骨の部分)として建てているのではなく、既存の法律で規定される鉄筋コンクリート(RC)造としている。今後の計画やセレンディクスが目指す社会課題の解決、住宅製造のロボット化などについて、詳しく話を聞いた飯田氏へのインタビュー記事については後日掲載予定だ。
初めての試みであり、「購入者」というよりも「チーム」
施主の吉本氏(図11)はデザイン会社の経営者であり、もともと神戸を拠点とする一方で、岡山県の山奥の川のほとりにログハウスを所有していた。以前から神戸と岡山を行き来していたが、仕事の大半がリモートでも行えることから、コロナ禍をきっかけに本社を岡山県に移した。
図11 「serendix10」の施主でデザイン会社の代表を務める吉本実代氏とユーラシアワシミミズクの「ギル」。家庭で飼える猛禽類の中では最も大型の種。serendix10の中でも遊ばせたいとのことだ[クリックで拡大]
コロナ禍前、ログハウスの近くにアンティークバルを開くため、設計図を起こし、施工段階まで進んでいたという。だが、「コロナにウクライナ情勢が加わり、輸入建材が当初の3倍になると言われた。無理をして建てたとしても、この非常事態ではお客さんが来るかどうかも分からない。『今じゃないな』と思い直し、計画を保留にしていた」(吉本氏)。そんなときに、テレビでserendix10を見て「すぐに『これだ!』と思った。“田舎に最先端”という組み合わせも面白いと思った」(吉本氏)という。
serendix10に電気設備は付属しないため、照明や換気のための電気設備は引くことにした。本体の表面は3Dプリントしたままの状態ではなく、滑らかな仕上げとし、ドアはオリジナルのものを注文した。セレンディクスによると、基礎については本体価格の1割程度とのこと。スフィアの価格は330万円だが、これらを含めれば500万円近くになり、内装に凝ればもっと費用がかかるという。3Dプリンタ住宅は今までにない試みでもあり、施主として希望を伝えながら、手探りで、より良い建物へとブラッシュアップしている状態にある。そういう意味で「購入者というよりも協力者、チームの一員のようだ」と吉本氏は自分の立場を表現する。
今回建設したserendix10の用途について、吉本氏はまず自身が飼っているミミズクのプレイルームとして使用する予定で、さらにVR(仮想現実)ゲーム体験や茶室、グランピング用途などで貸し出すことも検討している。将来的には、時間貸しで希望者に自由に利用してもらうことも想定しているという。また、吉本氏はserendix50も購入している。serendix50は店舗としての利用には向かないため、現在所有するログハウスを店舗に、serendix50を住居にする計画だ。通常の工法で建てるのと比べれば、serendix10や改築費用と合わせても「十分に予算内に収まる」(吉本氏)という。川べりのログハウスだと冬は寒さが厳しいが、「3Dプリンタ住宅は断熱が優れているようなので期待している」(吉本氏)とのことだ。
従来の住宅施工と区別はしていない
ナベジュウは2008年にクレーンリース事業からスタートし、現在は大工やとび職などの職人を擁し、3Dプリンタ住宅を含めた住宅事業も手掛けている。ナベジュウ 代表取締役社長の渡辺謙一郎氏(図12)は「プリントしている事業部では、『もうこれは製造業だね』と話している。建設業と製造業というように区別するのではなく、ミックスすることによる相乗効果があるのではないかと考えている」と期待を寄せる。
新築戸建て住宅の7割以上で採用される在来(木造軸組)工法では、着工から竣工(しゅんこう)までおよそ半年が必要になる。今回の施設は小規模だが、180日の作業がおよそ3日間で済むため、人件費の大幅な低減につながることが分かる。また、物流コストも現地に近い3Dプリンタで出力することにより最小限に抑えられる。今回の施主のプランの広がりを見ても、住宅の低コスト化は、個人の生き方の自由度を大きく高めてくれるといえそうだ。
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