信頼できるマスクを届けたい! 微生物専門家が挑む高性能マスク開発と評価試験:デジタルモノづくり(1/2 ページ)
フレンドマイクローブ、名古屋大学、三井化学の3者は、2020年春のマスク不足とそれに乗じた粗悪品の流通を目の当たりにし、高機能3次元マスク「シータ」の共同開発に着手。そして現在、先の見えないコロナ禍において、マスクがファッション化して本来の機能を果たせていないのではないか? という危機感からインナーマスク「タートル」の開発も手掛ける。今回、一連のマスク開発に携わる名古屋大学 大学院教授/フレンドマイクローブ CSOの堀克敏氏に、マスク開発に至った経緯や性能評価に関する取り組みなどについて話を聞いた。
フレンドマイクローブ、名古屋大学、三井化学はウイルス除去性能に加えて快適性、ファッション性を考慮したインナーマスク「タートル」(図1)の販売を2021年4月に開始した。美容室にも採用されるなど反応は上々だという。
3者は2020年8月に高機能3次元マスク「θ(シータ)」を共同で開発、販売した実績がある。現在も先の見えないコロナ禍において、マスクがファッション化して本来の機能を果たせていないのではないか? という危機感から、シータに続き、新たにタートルの開発に踏み切った。
名古屋大学 大学院工学研究科 生命分子工学専攻の教授で、同大学発スタートアップであるフレンドマイクローブの最高科学責任者(CSO)を務める堀克敏氏に、マスクの開発に至った経緯や性能評価に関する取り組みなどについて話を聞いた。
「自分たちなら高性能のマスクを作れる」
堀氏らがマスクを開発することになったきっかけは、2020年春のマスク不足と、それに乗じた粗悪品の流通だった。堀氏の専門は微生物工学であり、CSOを務めるフレンドマイクローブでは微生物を利用した排水処理設備などを取り扱っている。「微生物の専門家として、微生物よりはるかに大きな目の生地で作ったマスクがウイルスを防げるとは到底思えなかった」と堀氏はいう。
この状況に危機感を覚えた堀氏が、当時共同研究を行っていた三井化学に声を掛けたところ、同様の思いを抱いていた同社も快諾。製造販売を担うフレンドマイクローブが加わり、シータの開発がスタートした。
まず開発するマスクのコンセプトは、「しっかりとしたウイルス除去機能」「本体は再利用可能」「使い捨てできる不織布フィルター」「3Dプリンタ製の顔にフィットする本体」とした。
最も重要な感染防止機能を確保するために、不織布フィルターには三井化学の製品を採用した。この不織布は、ウイルスろ過効率(Viral Filtration Efficiency:VFE)および微粒子ろ過効率(Particle Filtration Efficiency:PFE)が99%以上であることが、米Nelson Labsにより実証されている(図2)。
VFEやPFEはフィルター性能を示す指標の一種で、VFEはウイルス(試験では一般的に約0.025μmのバクテリオファージ「ΦX174」が用いられる)を含む飛沫にフィルターを通過させ、フィルターがない状態に対するウイルスの通過数の割合で示す。PFEは約0.1μmの試験粒子の通過率を示す。同様の指標に、細菌を含む飛沫で行う細菌ろ過効率(Bacterial Filtration Efficiency:BFE)がある。マスクにこれらの性能が記載される際は、基本的に試験機関名も併記される。
ただし、これらの数値が保証しているのはフィルター素材の性能であり、マスクとして顔に着けた場合の性能を示しているわけではない。いくら飛沫を通しにくい素材を使用していても、隙間から空気が出入りすればマスク自体の効果は大きく下がる。そのためマスクの性能を高めるためには、顔へのフィットのさせ方が重要になる。
堀氏らは、顔の形に沿い、隙間から空気が漏れにくい形状を検討するとともに、顔への当たりもソフトになるよう試行錯誤した。さらに材料には生分解性プラスチックのポリ乳酸(PLA)を採用した。ポリ乳酸は78〜80℃の湯に浸けることで形を変えられるため、使用者の顔に合わせて形を微調整できる。
このマスクの性能を確認するために、堀氏らは独自にマスクの試験方法を開発し、シータおよび市販マスク、N95マスクの試験を行った。図3のように人の頭部マネキンのマスクを着ける部分には「人肌のゲル」を用いた。VFEと同様の方法で試験ウイルスの通過率を複数回の試験により調べた。その結果、シータは平均で約87%という高い性能を確認した。なおN95マスクは約99%、不織布マスク(粗悪品でないもの)は約50%、ガーゼマスクやウレタンマスクはそれよりさらに低い値であった(それぞれ1製品のみの試験結果)。
図3 マスク性能の試験装置の模式図。マスクをマネキンに装着し、試験ウイルスを含む飛沫を噴霧して、プラーク数を計測した。マネキンの形状は産業技術総合研究所が計測・開発した「日本人青年男性の平均頭部形状データ」(デジタルヒューマンテクノロジーより販売)を使用した [クリックで拡大]
シータ(図4)はウイルス除去性能の他にも、不織布の利用が1回当たり市販の不織布マスクに対して10分の1といった特徴も備える。仮に1年間使用したとすると、一般的な不織布マスクを毎日使用するのと比較して安価に抑えることができる。また、立体的な形状のため、接触面が少なく快適で、手が内側に触れることがなく衛生的だ。
「性能が高いまま日常生活で使うことができるという、不織布マスクとN95マスクの間を狙ったような製品に仕上げることができた」と堀氏はシータについて述べる。
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