信頼できるマスクを届けたい! 微生物専門家が挑む高性能マスク開発と評価試験:デジタルモノづくり(2/2 ページ)
フレンドマイクローブ、名古屋大学、三井化学の3者は、2020年春のマスク不足とそれに乗じた粗悪品の流通を目の当たりにし、高機能3次元マスク「シータ」の共同開発に着手。そして現在、先の見えないコロナ禍において、マスクがファッション化して本来の機能を果たせていないのではないか? という危機感からインナーマスク「タートル」の開発も手掛ける。今回、一連のマスク開発に携わる名古屋大学 大学院教授/フレンドマイクローブ CSOの堀克敏氏に、マスク開発に至った経緯や性能評価に関する取り組みなどについて話を聞いた。
クラウドファンディングで目標額1184%を達成
シータは2020年5月に開発を発表、Makuakeでのクラウドファンディングの実施が同年8月、第1弾の発送が同年9月とスピード開発となった。クラウドファンディングは、開始後1日で目標金額を達成し、最終的には目標額の1184%、サポーター1203人という成功で幕を閉じた。
クラウドファンディングを利用したのは、3Dプリンタによる製造では数が限られるためだった。また、クラウドファンディングは支援額によって反響の大きさが分かる。シータの性能には自信があったものの、見た目については受け入れられるか不安もあった。サポーターから直接コメントを受け取ることもできるため、見た目を含めた改善点を知る意味でも大いにプラスになったという。
シータは団体購入も多く、特に介護施設や病院、タクシー会社などが目立つという。リスクの高い職場環境で働く人にとって、長時間着けることができる性能の高いマスクとして受け入れられている。また、呼気が前方のフィルター部分から出ていくため、メガネがほとんど曇らない点も好評だそうだ。
3Dプリンタから金型による量産に移行
一方、シータは外観が物々しい、不織布を固定するマグネットが動きによっては外れてしまうなどの指摘があったことから、カバー用の布を用意するなどの改良を行ってきた。クラウドファンディングの第1リターン、第2リターンは、迅速に届けるため本体を3Dプリンタで製造した。現在は金型を用意して量産体制を整えている。これによりパーツを3つから2つに減らすことができ、軽量化とともに、マグネットがより外れにくくなるなどの改良に成功した。
ファッション化に危機感
このようにシータの改良に取り組んでいた堀氏らが新たにタートルの開発に着手したのは、マスクがファッションの一部になる中で、「マスクが形だけのものになっているのではないか」と感じたためだ。不織布マスクや二重マスクなど慎重な対策を取る人がいる一方で、性能の表示のないデザイン重視のマスクを使う人が増えるなど、飛沫防御に対する意識が二極化しているように感じたという。
性能はもちろん重要だが、デザイン面がいまいちでは受け入れてもらえない。そう感じた堀氏らは、外側に好きなマスクを着けることで、ウイルス除去性能とファッション性を両立できるような製品を開発することにした。開発に当たっては、外側に付けるウレタンマスクなどの形がきれいに出るように、パーツの設計修正を繰り返した。また顔に接触する部分の当たりをマイルドにするためシリコンスポンジチューブを採用した。よりフィット感を高めるために、幅および高さのパターンについてもそれぞれ2種類用意した。
このタートルのウイルス除去性能についても独自の方法で試験したところ、外側にウレタンマスクを着けた状態で89%であった。タートルは片手で外して首の下に移動できるため、食事などの場面でスムーズに付け外ししやすく、着けた状態での咀嚼(そしゃく)もしやすいという。また、顔への当たりが柔らかく触れる面積も最小限のため「着けていることを忘れるくらい」(堀氏)だという。
タートルも注文状況によっては量産体制を整える可能性もあるとしている。「内側に着ける高性能マスクというコンセプトは競合はないとみている」(堀氏)。既に美容室グループの旗艦店に採用されており、「デザイン面でも認められている証拠」だと堀氏は語る。
リスクに向き合う人に届けたい
堀氏は「自分たちのマスクがリスクに向き合う人にとって信頼できる選択肢の1つになれば」と語る。“それをすれば100%感染を防げる”という対策は存在しない。リスクとさまざまなコストをてんびんにかけながら、それぞれが判断して対策するしかない。いろいろなうたい文句のマスクが店頭やネットにあふれ、明確な選択基準すらない中で、少しでも信頼できる製品を届けられればという。またマスクの性能を判断するための標準的な指標がないこと自体も課題であり、堀氏らの試験方法が参考になればともいう。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が終息したとしても、マスクが不要になることはない。今後も状況に合わせて製品の改良や新製品の開発に取り組むとともに、海外展開も進めていくということだ。
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