廃棄リチウムイオン電池から環境に優しくレアメタルを回収する水熱有機酸浸出:LIBリサイクルの水熱有機酸浸出プロセス開発の取り組み(3)(2/2 ページ)
本連載では東北大学大学院 工学研究科附属 超臨界溶媒工学研究センターに属する研究グループが開発を進める「リチウムイオン電池リサイクル技術の水熱有機酸浸出プロセス」を紹介する。第3回では環境にやさしいクエン酸などを用いた水熱有機酸浸出の事例を取り上げる。
クエン酸による水熱酸浸出
当研究室の相川達也氏ら[参考文献2]は水熱条件の水を反応場としてLCOに用いた水熱酸浸出法を検証した。この検証では水熱場における浸出剤として無機酸(硫酸、硝酸)を使用しLiおよびCoの浸出挙動を確かめた。具体的にはこの浸出挙動と、クエン酸を用いてLCOからLiとCoを浸出した事例(90℃でCoの浸出率が30分間の反応で16%、以下クエン酸の事例)を比べた。
その結果、浸出剤として硫酸を添加した場合では水熱条件におけるCoの浸出率はクエン酸の事例と同程度(10〜20%)[参考文献3]だった。しかし、200℃の水熱条件におけるLiの浸出率は著しく増加した。さらに、硫酸濃度は2mol/L(溶液1L中に溶けている目的物質のモル数)であるのに対し、水熱条件の水は0.4mol/Lと酸濃度を低減したにもかかわらず、同程度もしくはそれ以上の浸出率を得ることができた。硝酸を添加した場合も硫酸の場合と同様に、酸濃度を低減したにもかかわらず、水熱条件で浸出を行うことで硫酸を浸出剤として用いたケースと同程度の浸出率が得られた[参考文献4]。
また、水熱条件におけるクエン酸の働きを確認すべく、LCOからのLiおよびCoの浸出率の温度依存性を調べたところ、175℃で90%以上の浸出率があることが分かった。Coの浸出にはLCOの構造中にあるCo3+を、Co2+へと還元しなければならない。
水熱条件においてクエン酸のみを添加しただけでLiのみならずCoの浸出率を90%以上にできた要因には、クエン酸がプロトンの供給源としての役割を果たした点や、Co3+と溶解性の錯体を形成した点がある。
クエン酸が水熱条件で還元剤として作用した点も関係している。具体的には、反応後の生成ガスを分析したところ、150℃の反応においてクエン酸中の炭素基準で5.3%のCO2の生成が確認された。本来、150℃ではクエン酸の熱分解速度は遅く、同条件では0.2%の転化率にとどまる[参考文献5]。このことからクエン酸が還元作用を示したことが立証されたと考えている。
当研究室の柴崎絢祐氏らは、クエン酸を用いた水熱酸浸出の三元系正極材料への適用性を検討すべく、市販のニッケル酸リチウム(LNO)を対象とした実験を行った[参考文献6]。その結果、LNOの浸出反応においてもLCOの場合と同様に、Liおよびニッケル(Ni)の浸出率は反応温度と反応時間の増加に伴い増えほぼ完全にLiとNiを水溶液中に回収できた。
さらに、当研究室では、岩塩層状構造を有するLCOやLNO、またNCM系三元系のLIB正極材料とは異なる、スピネル型構造を有する市販の市販のマンガン酸リチウム(LMO)に対して水熱有機酸浸出の適用性を検討した。LMOからLiとマンガン(Mn)を浸出するためには、LCOやLNOの層状構造の正極材活物質と同様に還元剤と酸を追加する。これによりpH値をアルカリ条件に変化させることで容易にMnが沈殿するため単離することができる[参考文献7〜8]。
当研究室のYang Zhaoxuan(ヤン・ザオシュアン)氏らは、使用済みLMOに対して硫酸水溶液を用いて、常温あるいは水熱条件下で処理することで、ダイレクトに二酸化マンガン(MnO2)を調製する単一段階プロセスについて報告した[参考文献9]。
これらの報告は、当研究室が行った、LCOに対してシュウ酸を適用した場合と同様に構造を形成する金属成分(LCOであればCo)を単離することに成功している。さらに、LCOやLNOではCoやニッケル(Ni)がクエン酸と易溶性の錯体を形成する可能性も明らかにしている。
一方、Mnとクエン酸との錯体構造は溶解性が変化する可能性が判明し[参考文献10]、これによりMnを単一プロセスで単離できると考えている。実際市販のLMO材料を120℃、保持時間0〜180分において、クエン酸濃度を0〜2.0mol/Lと変化させ水熱処理を行った結果、クエン酸のみを添加することでLiとMnを完全に浸出させることができ、ある条件ではMnが錯体として沈殿しMn成分として単離できる可能性が示された。
また、Li、鉄(Fe)、リン(P)を含むLIB正極材料はLiFePO4と表記され、略称ではLFPOとなる。これはオリビン構造を取り、岩塩層状構造(LCO、LNO、NCM系)およびスピネル型構造(LMO)とはまた別の構造を有する。反応温度200℃、パルプ密度は10g/L、酸濃度0.8mol/Lにおけるクエン酸を用いた場合のLi、FeおよびPの浸出率を調べた。全成分が高い浸出率であり、反応温度の時間を2分にしてもLi、Fe、Pの浸出率はそれぞれ100%、96%、93%に達した。
シュウ酸による水熱酸浸出
さらに、シュウ酸と遷移金属は難溶性の錯体を形成するが、この反応が水熱酸浸出においても進行するかについて調べた。その結果、Liの浸出率は100℃以上で80%以上の浸出率に達成しているもののCoはほとんど溶液中に浸出せず、薄桃色の沈殿が析出した。なお、Co2+はシュウ酸と難溶解性シュウ酸コバルトを形成することが知られている[参考文献11]。このことから、水熱条件においても同様の反応が生じ、Coが錯体として沈殿したものと考える。
LFPOに対してもシュウ酸の水熱酸浸出について調べた。その結果、200℃でシュウ酸の濃度が0.8mol/lにおいてLiとPの浸出率が非常に高かったがFeの浸出率は低かった。反応時間10分の場合、シュウ酸によって100%のLiと97%のPを浸出させることができるものの、Feは約3%程度の浸出率であった。
グリシンによる水熱酸浸出
クエン酸を用いた水熱有機酸浸出では、回収液中に対象金属(Li、Co、Ni、Co、Mn、P)以外の金属イオンが確認された。これらは、配管の腐食によるものである。このような腐食を回避または抑制するためには、テフロンや耐酸腐食性の高い素材をチューブの内壁にコーティングする方法があるが、腐食性の低い有機酸を選択することが肝要である。
一例を挙げると、有機酸のグリシンは天然に存在するもっとも単純なアミノ酸であり、他のアミノ酸や有機酸と比較して同一濃度では溶液のpHは中性に近い。両性イオンであることからpHに応じて構造を変化し、さまざまな金属イオンに対し配位子として作用する[参考文献12]。つまり、グリシンを利用することで、クエン酸といった有機酸による配管の腐食は低減できるものと考える。
そこで、反応温度120〜180℃、反応時間を5〜90分として、LCOを0.5mol/Lのグリシンで水熱浸出した。5分間の反応で120℃ではLiの浸出率は0.6%、Coは0.2%であった。135℃、150℃、165℃、180℃とすると、Liの浸出率はそれぞれ10.3%、11.3%、13.4%、36.4%に増加した。
処理時間を長くすることでLiとCoの浸出率は継続的に上昇し、180℃、30分間の処理によりLCOからLiを100%、Coを90%浸出した。加えて、グリシンはアスコルビン酸との併用で高い浸出率を示すとされる調査データがある[参考文献13]。それと比較すると当研究室ではグリシンのみを添加した場合であっても、水熱条件によりLCOを完全に浸出できることが示された。
今後の連載内容
本連載は残り3回であり、LIBリサイクル以外にもプラスチックリサイクルやバイオマス変換にも用いられる技術であることから、水熱条件の応用利用について説明するとともに、これまで取り組んできた研究プロジェクトの思惑や得られた結果、その後の展開について紹介する。(次回へ続く)
筆者代表紹介
東北大学大学院工学研究科 附属超臨界溶媒工学研究センター 化学工学専攻 教授 渡邉賢(わたなべまさる)
東北大学大学院工学研究科附属超臨界溶媒工学研究センターにて、水熱・超臨界水を反応・分離媒体とした重質油改質、廃プラスチックリサイクル、バイオマス変換の研究を推進するとともに、超臨界二酸化炭素を反応・分離溶媒とした天然物からの有価物回収や二酸化炭素固定化反応に関する検討を進めている。化学工学会会員。The International Society of the Advanced Supercritical Fluid副会長。
参考文献:
[1]L.Li et al.:J.Hazard.Mater.,176,288 (2010).
[2]T.Aikawa et al.:Kagaku Kogaku Ronbunshu,43,313(2017).
[3]M.K.Jha et al.:Waste Manage.(Oxford),33,1890(2013).
[4]C.K.Lee and K.-I.Rhee:J.Power Sources,109,17(2002).
[5]M.Carlsson et al.:Ind.Eng.Chem.Res.,33, 1989(1994).
[6]K.Shibazaki et al.:Kagaku Kogaku Ronbunshu,46,167(2020).
[7]H.An et al.:Acta Scientiarum Naturalium Universitatis Pekinensis,42,83(2006).
[8]S. Peng et al.:J.Wuhan University of Technology,24,27(2002).
[9]Z.Yang et al.:J.Materials Science,48,2512(2013).
[10]J.P.Glusker and H.L.Carrell:J.Mol.Struct.,15,151(1973).
[11]L.Sun and K.Qiu:Waste Manage.(Oxford),32,1575(2012).
[12]X.Chen et al.:ACS Sustain.Chem.Eng.,3,3104(2015).
[13]G.P.Nayaka et al.:J.Environ.Chem.Eng.,4,2378(2016).
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