試行フェーズを脱した通信業界の生成AI活用 MWC 2024レポート(後編):世界の展示会で見たモノづくり最新動向(4)(2/2 ページ)
この連載ではMONOistとSalesforceのインダストリー専門家が協力して、世界各地の展示会から業界の最新トレンドをお届けします。第4弾では前回に続き、2024年2月26〜29日にかけてスペインのバルセロナで開催されたMWC Barcelona 2024から、通信業界の生成AIのトレンドを紹介します。
AI活用における課題
通信業界での生成AI活用は大きく進展していますが、課題がない訳ではありません。その1つが電力使用量の増加です。MWC2024でも、世の中の生成AIの活用がさらに増加することで、膨大な電力を消費する点に警鐘を鳴らすスピーカーが多くいました。
例えば、Telefonicaの基調講演では、CEOのホセ・マリア・アルバレス・パレット・ロペス氏が、生成AIの1クエリの処理が消費する電力が電球を2時間ともす電力量と同等であると説明しました。別の講演では、生成AIのクエリ処理はGoogle検索の10〜15倍の電力を要するということが話題に上がりました。
電力消費量増加への対策としては、生成AIと従来の分析を用途に合わせて意識的に使い分けることが必要という提案が多く見られました。そのための社内ルールの整備や利用者画面の設計、そして従業員のトレーニングなどの、具体的な取り組みも紹介されました。また、前述のエッジコンピューティングも、通信負荷の分散と併せて、電力量の抑制にも効果がある取り組みとして取り上げられました。
Responsible AI(責任を持ったAI活用)もMWC 2024で頻出したテーマです。Responsible AIの単一の定義がある訳ではありませんが、セッションの中では、バイアス、差別、プライバシーへの配慮、モラル性(Ethical AIの範囲を含む)について、生成AI活用のあるべき姿が議論されていました。現時点ではあるべき姿の解が出ていないというのが実態ではありますが、いくつかの考察は共有されました。
Salesforce のChief Ethical & Humane Use Officerのポーラ・ゴールドマン氏は講演の中で、生成AIのアウトプットがどのデータとモデルをベースにしているのかを把握できるようにして、透明性と信頼性の高い使い方をすることが重要だと提言しました。
TelefonicaのCheif Responsible AI Officer リチャード・ベンジャミンズ博士も別の講演で、透明性の確保に向けてAIシステムの棚卸しを行ったところ、500以上のツールが存在していることを確認し、ESG部門とも連携して2023年の12月に社内ルールを整備したと話しました。また、ビジネス部門にResponsible AI チャンピオンを置き、生成AIの責任のある活用に向けて、継続的な議論と決断を繰り返している点を紹介し、「全てがYes/Noで解決できる課題ではないので、検討の背景と決断の理由をログに取っておき、状況が変わった際に方向転換することになっても、もともとなぜその決断に至ったのかを理解できるが重要」と語りました。
これらの課題については各社とも対策を模索中で、活用と並行しながらルールやポリシーを整備して行くことになりそうです。併せて、利用者への教育も重要になるでしょう。
通信業界における生成AIの今後について
繰り返しになりますが、生成AIの活用はもはや試行フェーズではないという印象をMWC 2024イベント全体から強く受けました。今後さらに実用化のケースが増え、本格的な普及に向かっていくのではないでしょうか。筆者が注視していきたい生成AIに関連する動きとしては、生成AIの新たな活用領域、LLMの進化、パーソナルデバイスの進化、オンデバイスAIを挙げます。
生成AIの活用が拡大したその先に、デジタルワークフォースを踏まえた業務設計やITシステム、ガバナンスポリシーが必要になるかもしれません。また、AIが他のAIとやりとりする世界も近い将来やってくるかもしれません。LLMについてもさまざまな動きがある中、どのような形で通信業界に最適なLLMに集約していくのかは、業界全体の関心事項ではないでしょうか。同時に、生成AIの精度をLLMの高度化だけに頼るのではなく、RAG(Retrieval-Augmented Generation)の効果的な活用やAdvanced RAGの進化にも期待しています。
パーソナルデバイスについては、ある程度成熟化していたスマートデバイスの領域で、また新たな波が生まれる可能性を感じています。AI Pinのようなデバイスが普及するのか、もしくは、スマートフォンの延長線上で進化を遂げて、デバイス側のインテリジェンスや操作性が進化していくのか関心があるところです。その中で、オンデバイスAIがさらに高度化し普及する可能性もあるかもしれません。
通信業界における生成AIの進化には、今後も大きな動きがあると予想されます。引き続き注視していきます。
著者紹介
染谷紀子/インダストリーアドバイザー事業本部 通信・メディア担当
米国・日本のICT業界で20年以上の経験を持ち、通信、メディア、製造業においてビジネス変革プロジェクトに多数従事。システム開発から業務コンサルティング、経営企画・新事業開発まで幅広い業務を担当。現在は、通信・メディア領域における企業の変革を多角的な視点で支援。
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