検索
連載

排ガス中のアンモニアを資源に変える古来の顔料有害な廃棄物を資源に変える窒素循環技術(9)(2/2 ページ)

カーボンニュートラル、マイクロプラスチックに続く環境課題として注目を集めつつある窒素廃棄物排出の管理(窒素管理)、その解決を目指す窒素循環技術の開発を概説しています。今回は筆者がその開発に携わっている気相アンモニア吸着材と、その吸着材を活用したアンモニア資源化技術を紹介します。

Share
Tweet
LINE
Hatena
前のページへ |       

活用法:悪臭の除去

 ここからは、このように高い性能を持つNH3吸着材の活用法についてご紹介します。まずはアンモニア臭の除去です。NH3は悪臭防止法における特定悪臭物質に指定されており、規制値はおおむね1〜5ppm程度です(事業所境界)[参考文献7]。また、作業環境における基準濃度は25ppmとなっています[参考文献8]。これらの基準値について、畜産農家や化成品工場などで問題になることがあります。

 NH3は動物の生育にも影響を及ぼします。通常は、NH3が豚舎内に充満することを防ぐため、換気を行います。しかしながら、換気をしてしまうと、豚舎内の温度管理が難しくなり、これもまた家畜の生育に影響を及ぼしてしまいます。また、農場周辺で悪臭が発生する場合があるという課題もありました。

 そこで私たちの研究グループでは開発した銅プルシアンブルーを活用し、養豚農場で試験を行いました。銅プルシアンブルーにより豚舎内のNH3を吸着することで、換気なしでNH3の濃度を下げ、温度管理も同時に行うことで、家畜の成長促進を目指したのです。

 試験では豚舎内に銅プルシアンブルーを利用した吸着装置を設置し、NH3の除去を行った結果、10〜30ppm程度だったNH3の濃度を5ppm以下まで落とすことに成功したのです(図4)[参考文献5、9]。

 また、銅プルシアンブルーは希酸による洗浄によりNH3を除去、再生することができます。約9カ月の試験の間、吸着/再生を繰り返し、同じ銅プルシアンブルーを継続して使えました。実際、この吸着システムを設置した豚舎では、豚の成育が促され、短期間で、少ない餌の量で豚を出荷することができました[参考文献9]。

図4 銅プルシアンブルーの吸着材を利用した豚舎悪臭除去システムの模式図[参考文献5]
図4 銅プルシアンブルーの吸着材を利用した豚舎悪臭除去システムの模式図[参考文献5][クリックで拡大]

回収したNH3の資源化

 ここまで紹介した豚舎での悪臭除去では吸着除去したNH3は希酸に溶出させましたが、その濃度が低いため資源利用はせず水処理による無害化を行いました。もし、吸着したNH3が資源として活用できれば、水処理は不要になりますし、NH3も有効利用できるため、大きなメリットがあります。

 そこで私たちの研究グループが着目したNH3の資源が重炭安(炭酸水素アンモニウム)です。重炭安はそのものが食品添加物や工業用途で利用されている資源ですが、NH3資源としてみたとき、さらにいくつかのメリットがあります。

 1つはその安全性と可搬性です。NH3は劇物ですが、重炭安は劇物ではありません。さらに固体のため輸送/貯蔵の際の安全管理が劇的に楽になります。また、70℃程度の加熱でNH3、水、CO2に分解可能なため排熱などを利用して、安価なガス状NH3として取り出し可能と考えています。

 私たちの研究グループでは、排ガスから吸着したNH3を重炭安として回収する方法を開発しています。まずは、加熱による方法です。豚舎で排ガスを回収した銅プルシアンブルーの吸着材を150℃で加熱し、吸着材から蒸発したガスを冷やしたところ、白色の物質が得られました。この白色の物質が重炭安です。NH3が発生するところではCO2の濃度も高いことが多く、吸着材はNH3を吸着するときに同時にCO2も吸着していたと考えられます。

 さらに効率的に重炭安を回収する方法も開発しています。150℃への加熱はどうしてもエネルギーが必要になるため、加熱なしで重炭安を生産する技術を開発しました(図5)。この技術では、NH3を吸着した吸着材を高濃度の重炭安水溶液で洗浄しNH3を溶出して、そこにCO2を吹き込み、冷却して重炭安を析出します。

 この手法ですと、加熱は一切不要ですし、5℃と冷蔵庫程度の冷却で重炭安を得ることができます。また、洗浄水は繰り返し利用するため、排水が発生しないことも強みです。

図5 排ガス中アンモニアから重炭安資源を生産するプロセスの模式図[参考文献10]
図5 排ガス中アンモニアから重炭安資源を生産するプロセスの模式図[参考文献10][クリックで拡大]

終わりに

 今回は私たちが開発を進める、排ガス中のNH3の回収や資源化の技術について紹介しました。さて、今回は少し、現在の動きについてご紹介して本稿を終わりたいと思います。

 本連載で紹介してきました、環境に排出される窒素化合物の問題について、日本でも政府が本腰を入れて動き出す気配が見えてきています。この原稿は2024年4月に執筆していますが、ちょうど、環境省が「第六次環境基本計画(案)」についてのパブリックコメントを募集しています[参考文献11]。

 この案では「窒素」という言葉が37カ所も出てきます。例えば、95ページには「水・大気環境の保全・管理と、脱炭素、資源循環、自然共生との統合的アプローチにより、持続可能な窒素及びリンの管理によって社会や地域に貢献する取組を推進する」との記載があります。これを見ても、今後、窒素循環技術の開発・普及がより一層期待されると思われます。

⇒ 連載バックナンバーはこちら

筆者紹介

産業技術総合研究所 首席研究員/ナノブルー 取締役 川本徹(かわもと とおる)

産業技術総合研究所(産総研)にて、プルシアンブルー型錯体を利用した調光ガラス開発、放射性セシウム除染技術開発などを推進。近年はアンモニア・アンモニウムイオン吸着材を活用した窒素循環技術の開発に注力。2019年にナノブルー設立にかかわる。取締役に就任し、産総研で開発した吸着材を販売中。ムーンショット型研究開発事業プロジェクトマネージャー。博士(理学)。


参考文献:

[1]有害な廃棄物を資源に変える窒素循環技術(4).PM2.5や悪臭の原因にも、大気に排出される窒素廃棄物の現状(2024年4月6日確認)
[2]国家排出削減公約指令、欧州環境庁(2024年4月6日確認)
[3]青色顔料が高性能アンモニア吸着材であることを発見(2024年4月6日確認)
[4]ブルーバックス探検隊が行く「魅惑のプルシアンブルーに秘められた『未来を変えるチカラ』」、産総研マガジン(2024年4月6日確認)
[5]産総研プレス発表「簡単に再生できる粒状吸着材で豚舎や堆肥化施設の空気をキレイに」(2024年4月6日確認)
[6]ナノブルーのHP(2024年4月6日確認)
[7]特定悪臭物質の臭気強度と濃度の関係、化学物質と法規制研究所(2024年4月6日確認)
[8]安全データシート「アンモニア」、厚生労働省「職場のあんぜんサイト」(2024年4月6日確認)
[9]Apparatus for ammonia removal in livestock farms based on copper hexacyanoferrate granules,Kimitaka Minami,et al.,Biosystems Engineering,2022,216,98−107.■
[10]Ammonia Concentrator for Repeatable Adsorption/Desorption Using Nickel Hexacyanoferrate as Adsorbent and Production of Solid Ammonium Bicarbonate,Hatsuho Usuda et al., ACS Sustainable Chem.Eng.2024,12,6, 2183−2190.■
[11]第六次環境基本計画(案)に対する意見の募集について(2024年4月6日確認)


前のページへ |       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る