日本の時間当たりの賃金は高いのか? 平均時給を国際比較してみる:小川製作所のスキマ時間にながめる経済データ(21)(2/2 ページ)
ビジネスを進める上で、日本経済の立ち位置を知ることはとても大切です。本連載では「スキマ時間に読める経済データ」をテーマに、役立つ情報を皆さんと共有していきます。今回は「平均給与」に注目します。
物価水準を米国に合わせて日本の平均時給を見てみると?
次に購買力平価換算値での国際比較をしてみましょう。購買力平価は、各国で売買されているモノやサービスの価格を基に、各国間の通貨の理想的な換算比率を計算したものです。
GDPの換算にはGDP用の購買力平価(Purchasing Power Parities for GDP)が計算されていますが、賃金などの分配面の換算には民間消費の購買力平価(Purchasing Power Parities for private consumption)が使用されます。
購買力平価でドル換算を行うということは、各国の物価水準を米国並みにそろえた上で、数量的な水準を金額(ドル)で表現することになります。なかなか理解するのが難しい指標ですが、為替レートで換算するよりも、より生活実感に近い数値として捉えれば良いと思います。
図4が主要先進国の平均時給について、購買力平価でドル換算した推移です。日本(青)は主要先進国の中では低い水準が続いています。近年では韓国に抜かれ、他の主要先進国やOECDの平均値との差が大きく開いています。
さらに、為替レート換算では1990年代は高い水準となっていましたが、購買力平価換算では特にそのような状況は見受けられません。この時期は、極端に円高になっていた事もあり、他国から見れば日本の物価は非常に高くなっていました。例えば、ピークの1995年では米国の1.85倍でした。
為替レート換算値ではこの物価高の分だけ数値が大きくなっていましたが、数量的な比較をする購買力平価換算値ではならされています。つまり、当時の日本は給与水準も高かったけど、物価水準も高かったので、実際に買うことのできるモノやサービスの数量はそれほど多くはなかったという事になります。生活実感としては、為替レートでの数値ほど豊かだったわけではないということですね。
ただし、当時は他国と比べて先端的だったり高機能・高品質なモノやサービスを購入し消費していた可能性もあり、それがどこまで購買力平価に反映されているかは定かではありません。実態に対して過少または過大に評価されている可能性も含みつつ、より実感値に近い数値と捉えれば良いと思います。
最後に、2021年の状況についての国際比較もしてみましょう。
図5は平均時給の購買力平価換算値についての、2021年の国際比較結果です。日本は22.1ドルで、OECD34カ国中24位、G7中最下位となっています。韓国に抜かれ、OECDの平均値27.5ドルを下回ります。
為替レート換算値よりも、国際的な順位が低下していることになりますね。また、イスラエルや東欧諸国との差もかなり縮まっています。購買力平価換算値でも、日本の水準は先進国でかなり低いという事になります。
騒がれる「賃上げ」は平均時給にどう影響するか
今回はOECDの統計データから平均時給を計算した結果をご紹介しました。
日本の平均時給は停滞気味ですが、近年では少しずつ上昇している点は良い兆しとも言えますね。失われた30年と言われつつも、多くの経済指標で2010年代からは名目値での上昇が確認できるように変化しています。平均時給もやっと1997年のピークを上回る水準にまで持ち直しました。
ただし、国際比較してみると、他国はさらに上昇しており、相対的には米国をはじめ他の主要先進国との差は開いています。逆に、東欧諸国などには追い挙げられている状況で、国際的な順位は低下していますね。
すでに平均時給でも、日本は先進国で低い水準である事は驚かれた方も多いのではないでしょうか。
「賃上げ」という言葉を毎日のようにニュースなどで聞くようになりました。日本の平均時給が今後どのように変化していくのか、皆さんも是非注目してみてください。
⇒記事のご感想はこちらから
⇒本連載の目次はこちら
⇒前回連載の「『ファクト』から考える中小製造業の生きる道」はこちら
筆者紹介
小川真由(おがわ まさよし)
株式会社小川製作所 取締役
慶應義塾大学 理工学部卒業(義塾賞受賞)、同大学院 理工学研究科 修士課程(専門はシステム工学、航空宇宙工学)修了後、富士重工業株式会社(現 株式会社SUBARU)航空宇宙カンパニーにて新規航空機の開発業務に従事。精密機械加工メーカーにて修業後、現職。
医療器具や食品加工機械分野での溶接・バフ研磨などの職人技術による部品製作、5軸加工などを駆使した航空機や半導体製造装置など先端分野の精密部品の供給、3D CADを活用した開発支援事業などを展開。日本の経済統計についてブログやTwitterでの情報発信も行っている。
- 小川製作所ブログ
https://ogawa-tech.jp/blog/ - meviyブログ
「製造現場から褒められる部品設計の秘訣」
https://jp.meviy.misumi-ec.com/info/ja/archives/cat_writer/writer_ogawa/
「中小企業経営から学ぶ生産性向上の秘訣」
https://jp.meviy.misumi-ec.com/info/ja/archives/cat_writer/writer_ogawa_2/ - Twitter
https://twitter.com/ogawaseisakusho
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 「日本企業は投資しなくなった」は本当なのか? 国内製造業のデータで確かめる
ビジネスを進める上で、日本経済の立ち位置を知ることはとても大切です。本連載では「スキマ時間に読める経済データ」をテーマに、役立つ情報を皆さんと共有していきます。 - 日本以外でも工業は「産業の稼ぎ頭」なのか? 先進国のデータを分析する
ビジネスを進める上で、日本経済の立ち位置を知ることはとても大切です。本連載では「スキマ時間に読める経済データ」をテーマに、役立つ情報を皆さんと共有していきます。第11回では、先進国の産業の生産性や労働者数のシェアを可視化します。 - 製造業は本当に「日本の稼ぎ頭」なの? 実力値をデータで確かめよう
ビジネスを進める上で、日本経済の立ち位置を知ることはとても大切です。本連載では「スキマ時間に読める経済データ」をテーマに、役立つ情報を皆さんと共有していきます。第1回では、国内産業の稼ぎ頭と言われる製造業の「実力値」を確かめます。 - 国内投資を減らす日本企業の変質と負のスパイラル
苦境が目立つ日本経済の中で、中小製造業はどのような役割を果たすのか――。「ファクト」を基に、中小製造業の生きる道を探す本連載。第9回は、経済における企業の役割と、日本企業の変質についてファクトを共有していきます。 - 今や“凡庸な先進国”へ、一人当たりGDPに見る日本の立ち位置の変化
苦境が目立つ日本経済の中で、中小製造業はどのような役割を果たすのか――。「ファクト」を基に、中小製造業の生きる道を探す本連載。第3回では、国民1人当たりの豊かさを示す指標「1人当たりGDP」に焦点を当て、日本の現在地を見てきます。 - まるで下町ロケット! 大企業を捨て町工場を継ぎ手にした“ワクワク”する生き方
東京都の下町、葛飾区にある小川製作所の小川真由(まさよし)さん。新卒で大手重工業メーカーに就職するも、家業を継ぐために中小企業に転職して修行。現在、メーカー勤務時代に習得した設計技術と、修行時代に培った営業力を生かし、家業の町工場を切り盛りしている。一体、なぜ町工場を継ぐ道を選んだのか。就職活動を控えた学生たちを前に、小川さん本人が語った。