月面で水素と酸素をつくる装置が完成、2024年冬に打ち上げ:材料技術
高砂熱学工業は、月面用水電解装置フライトモデル(FM)の開発を完了し、月面輸送サービスを手掛ける宇宙スタートアップ企業のispaceへ引き渡したと発表した。
高砂熱学工業は2024年3月18日、東京都内とオンラインで記者会見を開き、月面用水電解装置フライトモデル(FM)の開発を完了し、月面輸送サービスを手掛ける宇宙スタートアップ企業のispaceへ引き渡したと発表した。
2024年冬に打ち上げ予定のランダーに搭載
高砂熱学工業では、建物で利用するエネルギーとして水素に着目し、約20年前に水素製造技術の開発に着手した。その後、地上用の水電解装置を開発し、空調設備事業で培ったエンジニアリング力で、再生可能エネルギー由来の電力を用いたグリーン水素利用システムの社会実装に取り組んでいる。
新たな領域での研究を進めるべく、2019年12月には、民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」のコーポレートパートナー契約を締結し、同プログラムをけん引するispaceとの協業を開始した。2024年冬に打ち上げが予定されているHAKUTO-Rミッション2のランダー(月着陸船)に、高砂熱学工業が開発した月面用水電解装置FMを搭載し、月面に着陸した後、世界初となる月面での水素と酸素の生成に挑戦する。
月面用水電解装置FMについては、2024年1月に開発が完了し、ispaceへの引き渡しが完了した。今後、ランダーへ積み込まれ、ランダー側との通信確認など、打ち上げに向けた最終調整を進めていく。
月面用水電解装置FMの特徴とミッション
月面用水電解装置FMは、水を電気分解して水素と酸素を生成する電解セル、電気分解に必要な水と生成した酸素をためるタンク、生成した水素をためるタンク、装置全体を制御する電気ユニット、これらを強固に支えるパーツで構成される。サイズは縦300×横450m×高さ200mmとなっている。
さらに、地球と比較して約6分の1の重力下でも水などの流体を制御できる機能を備えており、ロケット打ち上げ時や月面着陸時の振動/衝撃への機械的強度も確保している。輸送用ランダーへ搭載するための条件もクリアしている他、真空下でも装置の温度を所定の範囲で維持できることも分かっている。
なお、月面用水電解装置FMの開発に当たっては、地上向けの水電解技術を応用することに加えて、部材の選定や各種試験(振動試験、熱真空試験、通信試験)などを行い、地上用とは異なる開発過程を経て装置を完成させた。これにより、ロケットでの打ち上げや宇宙環境への対応、宇宙でのメンテナンスの困難など、地上用の装置と比べて厳しい条件に対処した。
月面用水電解装置FMのミッション
月面に到着後、月面用水電解装置FMはランダー上部に搭載された状態でミッションを行う。電気分解に必要な水は地上から持参する。ランダーの太陽光発電装置から供給される電力によりその水を電気分解し、水素と酸素を生成する。水電解装置FMの運転操作や状態監視は、ランダーの通信設備を介して、東京都中央区にあるispaceのミッションコントロールセンター(管制室)で行う。
今回のミッションでは、月面用水電解装置FMを用いて「月面において水素と酸素を安定的に『つくる』技術を実証すること」を目標に掲げ、「水素/酸素をつくる」「水素/酸素を圧縮する」「運転−停止を繰り返し行う」の実証を実施する。
「水素/酸素をつくる」では世界初となる月面での水素と酸素を「つくる」を目指す。「水素/酸素を圧縮する」では、つくった水素と酸素をコンパクトに「ためる」ためには圧縮する必要があることを踏まえて、圧縮レベルは地上用装置と同等を目標としている。
「運転−停止を繰り返し行う」では、水素と酸素の需要に合わせた運転/停止が必要なことを考慮して、運転開始から停止までの一連の機能を繰り返し安定的に発揮できることを目指す。なお、電源のオン/オフや水素の密度変更など、複数の操作に取り組む予定だ。
高砂熱学工業 研究開発本部 カーボンニュートラル事業開発部 水素技術開発室 担当部長の加藤敦史氏は「なぜ、月面開発が世界的に加速しているのかというと、それは月面に水が大量にあるとされているためだ。月面に水があると何ができるのかというと、その水を電気分解して、水素と酸素を生成可能だ。つまり、ロケットや各種機械の燃料となる水素と人が呼吸するための空気である酸素を生産できる。今回のミッションでは、月面用水電解装置FMの将来の運用を見据えて、少量でも良いから水素と酸素をつくる」と強調した。
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