「地産地消電源」を作る! つくばのベテラン技術者がチャレンジする夢:スタートアップシティーつくばの可能性(3)(3/3 ページ)
筑波研究学園都市としての歴史を背景に持つ茨城県つくば市のスタートアップシティーとしての可能性を探る本連載。第3回は、電力問題の解決に貢献する可能性を秘めたアンビエント発電技術に取り組むスタートアップ・GCEインスティチュートへのインタビューを通して、スタートアップエコシステムが果たす役割についても考える。
「地産地消の電源」を目指して
GCEは2022年末に「第3回いばらきイノベーションアワード」の大賞を受賞している。JETRO(日本貿易振興機構)が行う海外スタートアップの視察/交流プログラムにも採択されるなど、その可能性に注目の集まるディープテックスタートアップだ。今後の展望について後藤氏はこう語る。
「今から5年以内のIPO(新規株式公開)を目指し、2024年にはプロトタイプの発売、2025年には正式な製品リリースを計画しています。それが経営上の目標ですね。技術者としての夢はもう少し大きくて、熱電変換技術によって地産地消の電力源を広めることです。今のような大規模な送電網がなくても地域の電力需要に応えられればと考えています。特に発展途上国に貢献したいという思いを持っています」(後藤氏)
太陽光発電パネルによる小規模な発電の仕組みはすでに広く普及しているが、夜間や悪天候時には発電できないという根本的な制限を抱えている。GCEのアンビエント発電は、熱があれば24時間いつでも発電が可能だ。環境熱を活用した「電気の地産地消」の実現は、電力問題の究極のゴールといえるのかもしれない。
後藤氏は「何十年という時間がかかる仕事になるでしょう。私自身はそこまで長くは働けませんから、後継者を育てていくことも大切ですね」と話す。大きな夢の実現のため、まずは直近のIPOに向けて、人材採用が喫緊の課題だという。連載第2回のQoloのインタビューでも話題にしたように、つくば市の課題の一つが人材獲得の難しさだ。
「今は研究段階から実用化段階に移っているので、企業で働いた経験のあるエンジニアが必要です。ただ、そういう方に東京都内や川崎、横浜などから転職してきてもらおうとすると、どうしても距離がハードルになります。家族がいれば転居も気軽にはお願いできない。自社で努力するべき課題ではありますが、人材流動化を促す施策を自治体などにしてもらえたらありがたいです」(後藤氏)
人材獲得とともに、パートナー企業もさらに増やしたい。後藤氏は「モノづくりはスタートアップ1社だけでは完結しません。素材技術や、素子を製造する技術、素子を製品にする実装技術など、さまざまな技術を持ったパートナーと提携して作り上げていきます。いろいろな方と会ってコミュニケーションを取りながら前に進んでいければと思います」と意気込む。GCEの描く夢に興味を持たれた方は、ぜひ声を掛けてみてほしい。
つくばで続ける理由があるからこそ、期待したいこと
本連載ではスタートアップシティーとしての茨城県つくば市の可能性を紹介しているが、同じような取り組みを行っている自治体は全国にある。その代表的存在といえる福岡市に、2023年4月に大規模な研究開発複合施設「いとLab+」がオープンした。九州大学伊都キャンパスに近く、福岡空港や博多駅からクルマで40分程度の立地にあり、蔦屋書店やインテリアショップなどのスタイリッシュな商業施設も入居する。ラボの広さや設備の利用条件なども魅力的だったと、いとLab+を先日視察したという後藤氏は話す。
「つくば市も他の都市に負けないで頑張ってほしい。つくばで技術系スタートアップをやるというのは、それだけでブランドなんです」(後藤氏)。例えば、2004年に筑波大学教授の山海嘉之氏が起業したCYBERDYNEは、2014年の上場以降もつくば市内に本社を置き続けている。「つくばのスタートアップ」といえば「技術や研究開発に強い」とイメージしてもらいやすいそうだ。長年にわたって築いてきた研究学園都市としてのブランドは確かに存在している。
筆者の印象になるが、福岡のスタートアップエコシステムは、民間プレイヤーの存在感があることが特徴だ。地方銀行やメガバンク、独立系VC、大学などそれぞれのプレイヤーが活躍している。一方で、つくばの場合は行政の存在感が強い。つくば市や茨城県といった自治体がスタートアップ支援に力を入れていること自体は素晴らしいことだ。しかし、スタートアップのエコシステムを大きな視野で捉えたとき、民間の立場からスタートアップを支援するTCIのような存在はもっと必要なのだ。
より多くのプレイヤーがこのエコシステムに参加することで、つくばエリアはさらに活性化していく。「つくば市」という自治体の枠組みに縛られる必要もない。同じ茨城県の県北エリアには日立製作所の関連企業が集まる日立市もあるし、千葉県の柏の葉エリアには東京大学などの研究施設が集まっている。広く周りにも目を向け、つくばエリアとしての盛り上がりが出てくれば、人々の目も自然とつくばに向いてくるだろう。そして、足も向けてほしいと思う。今以上にさまざまな立場の人たちが集まれば、この街のスタートアップエコシステムはさらに成長をしていくに違いない。
GCEインスティチュート 代表取締役の後藤博史氏(右)と、本稿の筆者でありインタビュアーも務めたVenture Cafe Tokyo TSUKUBA CONNECT managerの堀下恭平氏(左)[クリックで拡大]
筆者プロフィール
堀下 恭平(ほりした きょうへい) Venture Cafe Tokyo TSUKUBA CONNECT manager
あらゆる挑戦を応援する場である「Tsukuba Place Lab」「up Tsukuba」「つくばスタートアップパーク」などのコワーキング/インキュベーション施設を運営するしびっくぱわー 代表取締役やつくばベンチャー協会理事兼事務局長などを務める。
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