スタートアップを陰で支える職人エンジニアが語る、Makerを成功させる秘訣:ポスト・メイカームーブメント(6)(1/2 ページ)
起業間もないスタートアップにとって、必要なモノを、必要なタイミングで確実に形にできる経験豊富なエンジニアの存在は欠かせない。今回は、「ポスト・メイカームーブメントにおけるプロフェッショナルの在り方」をテーマに、ハードウェアスタートアップを陰で支える功労者であり、現代のマイスターともいえる2人のエンジニアを取材した。
起業して間もないスタートアップの大半は、製品化にこぎ着けるだけの十分な体制が整っていない。そこで欠かせないのが、経験豊富なフリーランスのエンジニアだ。
彼らの多くは口コミによる紹介で仕事を受けたり、DMM.make AKIBAのようなスタートアップが集まるメイカースペースや、ハードウェアスタートアップへの投資実績が豊富な投資家などを介して開発の相談を受けたりするケースが多い。
特に製品化まで時間を要する研究開発型スタートアップや、既存の競合が存在せず新しい市場を創造するスタートアップにとって、いち早く試作品やMVP(Minimum Viable Product:実用に足る最小限の機能を備えた製品)を作ることは、市場に受け入れられるかどうかを検証する上で欠かせない。また、資金調達や人材採用、提携する事業会社を探す際にも「手っ取り早く動くモノ」が手元にあるのとないのとでは説得力が大きく異なる。
こうした際に必要なモノを、必要なタイミングで確実に形にできるエンジニアは、スタートアップにとって百人力の戦力に等しい頼もしい味方となる。
そこで今回は、ハードウェアスタートアップを陰で支える功労者であり、現代のマイスターともいえる2人のエンジニアへの取材を通じて、ポスト・メイカームーブメントにおけるプロフェッショナルの在り方を紹介したい。
※本取材は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大予防の観点からオンラインで実施した。
クラファンで7900万円調達に成功した電子楽器
「楽器の弾けないミュージシャンが考案した、誰でも演奏できる電子楽器」として、今夏注目を集めた電子楽器がある。
永田雄一氏が考案した「InstaChord(インスタコード)」はギターのような形状の電子楽器で、ギター初心者でも気軽に複雑な和音を駆使した演奏ができるのが特徴だ。
2020年5月にクラウドファンディングで開発資金を募るプロジェクトを立ち上げると、当初の目標金額5000万円をクリアし、最終的には約7900万円分の先行予約を2354人から集めた。楽器市場では数万円の製品でも1000台売れればヒットといわれる中で、大企業ではなく個人が手掛ける楽器に、ここまでの支援が集まったのは画期的な出来事だ。
そのInstaChord開発に携わるメンバーの1人であり、電子楽器の命ともいえるアナログセンサーのプログラム開発を担当しているのが宇田道信氏だ。
宇田氏は基板設計やプログラム開発、試作品開発などを請け負うフリーランスのエンジニアだが、自身も学生時代に考案した電子楽器「ウダー」を開発しているMakerでもある。
宇田氏を取材したWebメディアの記事を見た永田氏からメールが来たのが、事の始まりだった。当時は試作品もなく、InstaChordの製品コンセプトが永田氏の頭の中にあるだけだったという。
「作りたいものがあり、市場調査もして資金も準備したが、開発パートナーの確保に苦戦して試作品がない状況だと伺った。InstaChordはウダーでの経験が生かせる部分が多く、自分の技術が役に立つならということで開発に参加することを決めた」(宇田氏)
永田氏は複数のエンジニアや企業から構成されるチームを作り、宇田氏には回路設計とソフトウェア開発を依頼するつもりでいた。しかし、ハードウェアを開発するプロジェクトを初めて進める状況では、「船頭多くして船山に上る」という状況にもなりかねず、最初の試作品ですら完成が遅れてしまうかもしれない。
そう考えた宇田氏はチームでの開発と並行して、永田氏の構想をひとまず形にした試作品を1人で製作することを提案した。
「試作品がないと何を作りたいのか、誰に売りたいのか、どういう体験をさせたいのかが伝わりづらい。まして、楽器に詳しくない人には魅力が全く伝わらない。粗くてもいいので、必要最低限の機能を盛り込んだ試作品を作って、永田さんが前に進めるようにしたかった」(宇田氏)
永田氏は当時を振り返って、理にかなった提案だったと語る。
「それまでは木で作った粗いモックアップを用い、ボタン部分は紙を張り、液晶部分は映像をハメ込み合成して、音を重ねた動画でプレゼンしていたが、反応が乏しくもどかしい思いをしていた」(永田氏)
永田氏は、宇田氏に基板設計とプログラムの開発、そして「宇田モデル」ともいえる最初の試作機を依頼。宇田氏は、仕様決めの際に製品の魅力をアップする機能を提案した。
「InstaChordは音を鳴らす部分が当初はボタンで、コードを指定するボタンを左手で押さえて、右手側のボタンで音程の高さを調整する仕様だった。宇田さんから『ウダーで開発したプログラムを使えば、ボタンを押して音を出すのではなく、ゴム製のセンサーを弾くようにして音を出すことができますよ』と提案があり、『そんなことできるんですか!?』ということで、その仕様で進めた」(永田氏)
永田氏がInstaChordで重視していたのは、初心者でも手軽に扱える一方で、自分で演奏しているという手応えを感じられるUX(ユーザー体験)だった。あまりにシンプルなインタフェース(UI)にしてしまうと、演奏している実感がなく、むしろ楽器に演奏させられているような感覚に陥る。その結果、ユーザーは製品に奥深さを感じることができず、早々に飽きてしまう可能性がある。永田氏が宇田氏に相談したのも、ウダーという楽器を発明した経験を頼りたいという思いだった。その思いに宇田氏はウダーで開発したプログラムを惜しみなく注ぎ込んだ。
宇田氏は、演奏している実感を持たせるためのUIは妥協すべきではないと考え、4つのボタンをギターの弦を模した6つのセンサーに置き換えることを提案。この仕様は試作1号の2カ月後に完成した試作2号から反映された。その他にもボタンの配置や画面遷移など、主要な仕様は宇田氏と永田氏で決めた。
「どんな製品にも妥協してはいけない仕様がある。InstaChordの場合は誰でも弾いている実感が得られること。一方で仕様を決める際に、いろんな構想が浮かんで機能を盛り込み過ぎてしまい、器用貧乏な製品になるケースもある。そういった残念なケースにならないよう、過去の経験も踏まえて積極的に提案することがエンジニアにも求められている」(宇田氏)
InstaChordは量産に向けた開発が進行中で、2021年にはクラウドファンディングの支援者に製品が届く予定だ。
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