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窒素廃棄物排出を巡る取り組みと軋轢、「窒素管理先進国」オランダの課題とは有害な廃棄物を資源に変える窒素循環技術(2)(2/2 ページ)

本連載では、カーボンニュートラル、マイクロプラスチックに続く環境課題として注目を集めつつある窒素廃棄物放出の管理(窒素管理)、その解決を目指す窒素循環技術の開発について紹介します。今回は、特に農業分野に絞り、窒素管理を巡る取り組みとそれが原因で生じている軋轢をご紹介します。

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「窒素管理先進国」オランダの課題


オランダ政府が畜産分野にアンモニア排出量を70%削減するように求めたところ、農家が大きく反発

 畜産から排出されるアンモニアが特に大きな問題となっているのがオランダです。オランダは九州程度の面積にもかかわらず、農畜産物の輸出額は米国に次いで、世界第2位という農業大国です。畜産も非常に盛んで、糞尿(ふんにょう)から大気中に揮散するアンモニアなど、環境中に排出される窒素廃棄物の量が非常に大きいのです。

 詳しい説明は省略しますが、オランダ政府は2022年に窒素廃棄物の大気への排出量を2030年までに半減する目標を設定し、畜産分野にはアンモニア排出量を70%削減するように求めているとのことです。

 これが農家の大きな反発を呼びました。農家や農業団体は、家畜の数を大幅に削減されるなど、大きな打撃を受ける恐れがあり、デモが広がっていきます。ついに、2023年3月のオランダ地方選挙では、この窒素管理に反対する農民市民運動党(BBB)が1つの州を除いて上院の最大政党となりました。このように、窒素管理の問題は国の政策を左右する大きな問題にまでなりつつあります。

窒素管理と人間活動のバランス

 ここまで、窒素管理に向けたさまざまな動きを紹介してきました。窒素廃棄物の問題点だけを読むと、一刻も早く、窒素廃棄物の環境排出を削減しなければならない、という話になりそうです。一方で、アンモニアをはじめとする窒素化合物は農業用肥料、化学原料などとして人間が活動するのに必須のものです。現状では畜産からもどうしてもアンモニアが排出されます。環境に悪いからやめましょう、というわけにはいかないのです。そのため、オランダでも大規模な反対運動が起き、反対を唱える政党が大躍進を遂げる、という状況まで起こってしまいました。

 さらに問題が悪化し、極端な環境政策をとったがために国が破綻してしまった、といわれているのがスリランカです。スリランカでは、2021年5月に、大統領のマヒンダ・ラージャパクサ氏が農業の完全有機化を目指し、化学肥料の輸入を禁止しました。その結果、米の生産量は2019年と比べ43%も減ってしまったのです。新型コロナウイルス感染症の拡大による観光業の壊滅なども相まって、2022年7月にスリランカは首相が「破産」を宣言、大統領は国外に逃亡してしまいました。今後は国際通貨基金(IMF)のプログラムに沿った厳しい財政運営がなされるようですが、50%もの物価上昇や、深刻な電力不足などで、国民の生活はかなり苦しくなっているようです。これは極端な例と考えられますが、環境を優先し、人々の生活が破壊されてしまっては、元も子もありません。


スリランカでは農業の完全有機化を目指し、化学肥料の輸入を禁止した結果、米の生産量は2019年と比べ43%も減少

 このように、環境保護の観点からは窒素管理は極めて重要な課題となりつつあります。しかし、窒素化合物は生活に必須なものであることから、その利用量を急進的に削減することには懸念が残ります。私たちは、そういった考えから、「窒素循環技術」を開発し、これまで捨ててきた窒素廃棄物を有効利用することで、窒素化合物の活用を進めつつ、窒素廃棄物の排出量を減らす、両方を実現することを目指しているのです。(次回へ続く

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筆者紹介

産業技術総合研究所 首席研究員/ナノブルー 取締役 川本徹(かわもと とおる)

産業技術総合研究所(産総研)にて、プルシアンブルー型錯体を利用した調光ガラス開発、放射性セシウム除染技術開発などを推進。近年はアンモニア・アンモニウムイオン吸着材を活用した窒素循環技術の開発に注力。2019年にナノブルー設立にかかわる。取締役に就任し、産総研で開発した吸着材を販売中。ムーンショット型研究開発事業プロジェクトマネージャー。博士(理学)。



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