道なき道を走るパートナー、不整地走行のエキスパート集団「CuboRex」:越智岳人の注目スタートアップ(9)(4/4 ページ)
不整地を走行するロボティクス技術を武器に成長を続けるハードウェアスタートアップのCuboRex。同社の創業から現在に至るまでの経緯と強みの源泉について、代表の嘉数正人氏に話を聞いた。
企業とのコラボレーションも加速
今後、CuboRexが注力するのは新製品の開発だ。直近では主力製品の新モデル「E-cat kit2」を2023年6月に発表。旧モデルからのフィードバックを受けて、E-cat kit2では防塵(じん)/防水性能を向上させた他、新開発のブラシレスモーターを搭載し、最大積載重量100kgで、連続稼働時間最大2時間を実現した。
最も大きな変更点はバッテリーにある。E-cat kit 2は、工作機械大手の工機ホールディングス(以下、工機HD)の「HiKOKI(ハイコーキ)」ブランドが展開する工具用リチウムイオンバッテリーに対応する。HiKOKIのバッテリーに対応したボックスの開発には1年半を要した。大手メーカーのバッテリーに対応することはユーザー側の導入ハードルを下げ、販路の拡大にもつながる。
「私たちから工機HDに提案を持ち掛けたのですが、旧モデルのE-cat kitが年間1000台以上売れた製品であるという実績があったからこそビジネスの話を進めることができました。開発の段階でも当社の開発力と量産力を評価いただきました。小規模な会社だと、特定の技術領域に特化しがちで量産開発全体をうまくまとめられない傾向がある中で、さまざまな領域をカバーする社員を少数精鋭で擁していたからこそ量産まで一貫して進めることができました。また、この先、社外への展開も広く見据えており、年間数万個の製造にも耐えられるように意識して設計しています。金型などの投資はかなりの金額になりました」(嘉数氏)
この他にもCuboRexブランドによるモータードライバの開発など、さまざまな新製品の開発が進んでいるという。大企業とのコラボレーションでは、PoC(概念検証)を目的としたプロジェクトは断り、製品化をゴールとしたものだけに絞っているという。
PoCは受託開発に近い形で大企業がスタートアップに費用を支払って進めるケースが大半だ。スタートアップ側は赤字を回避できる面があるが、プロジェクト中に開発した製品や技術の権利交渉が複雑化する場合や、中途半端なまま終わってしまい、双方に何も得るものがなかったという事態にも陥りやすい。その際に、スタートアップ側が受けるダメージは決して小さくない。
「手探り段階からの共同開発プロジェクトは大企業側のスピードが遅く、こちらが早く進めたくても足並みがそろわないことが多い傾向にあります。開発費は当社が持ち、その代わりに権利も当社が保有するという形が最適だという結論に至りました」(嘉数氏)
今後の目標として、嘉数氏は「部品」と「サービス」という製造業において付加価値の高い領域に注力したいと意気込む。
「最終的な目標は部品と、高付加価値なサービスを盛り込んだ製品による収益化です。例えば、プラントの検査清掃ロボットと、その部品となるモーターのイメージです。民生品のメーカーはどうしても競争の中で徐々に利益率が低くなってしまうため、高収益を目指せる部品/素材メーカーと、産業向けのサービスを盛り込んだメーカーというポジションの両立を目指しています」(嘉数氏)
その上で、ハードウェアスタートアップへの投資が活況になることへの期待を寄せる。
「ハードウェアスタートアップは、SaaS(Software as a Service)などのIT系スタートアップと比べた場合、意外と成功確率は高い領域だと考えています。ただ、投資回収するまでのフェーズがハードウェアはソフトウェアと比べて倍の期間を要します。VC(ベンチャーキャピタル)は活況な領域に投資を集中させる傾向にあるので、まだ注目されていない領域にも目を向けることが、日本のスタートアップ環境をより良くする上でも重要ではないでしょうか」(嘉数氏)
CuboRexの製品ポートフォリオと今後の戦略は非常にユニークだ。完成品だけでなく、部品にも取り組む。そして、実用重視のプロダクトと、ロボットの研究開発市場における足回りの共存――。大手や中堅企業では珍しくないが、創業間もないスタートアップの戦い方としてはレアケースかもしれない。
モーターやバッテリー用モジュールなど、事業領域を着実に広げる中、数年後にはどのようなプロダクトを生み出しているのか、今後も注目し続けたい。
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