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水平分業での日本の製造業の戦い方と製造業プラットフォーム戦略の考え方インダストリー5.0と製造業プラットフォーム戦略(4)(5/5 ページ)

インダストリー4.0に象徴されるデジタル技術を基盤としたデータによる変革は、製造業に大きな変化をもたらしつつある。本連載では、これらを土台とした「インダストリー5.0」の世界でもたらされる製造業の構造変化と取りうる戦略について解説する。第4回は、デジタル化による水平分業で日本の製造業が生かせる強みと、新たな競争力を担保する「製造業プラットフォーム戦略」について紹介する。

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インキュベーション型ものづくりプラットフォーム

 浜野製作所は、自社の製造能力を生かしたスタートアップ支援を行っているが、こうした方向性は日本の製造業全体において重要なアプローチとなり得るのではないだろうか。モノづくり企業の製造能力を軸にスタートアップを支援し、インキュベーションを進めることで、イノベーション創出を共同で行っていく動きである。これを「インキュベーション型ものづくりプラットフォーム」と呼びたい。

 現在、多くの日本の製造業は、激しい環境変化の中でそれを打開する新たなイノベーションの種を生み出すことに苦慮している。既存事業だけにとらわれ過ぎると環境変化があった際に企業そのものが立ち行かなくなる可能性があるからだ。例えば、自動車業界などを考えてみても、系列により自社の製造領域が固定化する中、特定製品の技術やノウハウについては、磨き抜かれているが、電動化などの大きなパラダイムシフトが起こる中、磨き上げた技術力の行き場を失うリスクが生まれている。日本企業内部の状況としても、大企業の組織構造や事業判断基準の中で、新たな事業創出やそれに向けたリソース投下がしづらい状況になっている。その中で、既存のリソースや資産を生かして、新たなイノベーションを取り込んでいく方策を探る必要があるのだ。

 一方で、スタートアップ企業の成長のエコシステム(生態系)において、アクセラレーションプログラムやベンチャーキャピタル(VC)など、ビジネス検討や資金調達における支援環境は整いつつあるものの、特にハードウェアベンチャーにおいては、モノづくりのノウハウや製造能力を持っている企業との連携がミッシングピースとなっている。日本企業としては、スタートアップのイノベーションを、自社の製造能力や技術力を活用して支援することで、自社に新たな強みやノウハウ、事業としての選択肢を付加していくことができる。

 具体的には量産設計支援、営業やサービスのリソース提供(クロスセル)、量産ライン設計、利用課金型も含めたラインの貸与などを行うことで有望スタートアップの成長を支援するのである。日本企業として、モノづくり現場に蓄積されている技術力や生産能力を生かした、新たな日本製造業型のオープンイノベーション「インキュベーション型ものづくりプラットフォーム」の展開拡大も期待される。

CPS時代に現場に強い日本企業が強みを持つために

 さて、ここまで自社のモノづくりの強みをプラットフォームとして展開するものづくりプラットフォーム展開について、いくつかの事例とパターンについて紹介してきた。ものづくりプラットフォームの展開についてはそれぞれの強みが異なることから、各企業が個別で検討すべきものだと考えるが、1つデジタル化における共通項を挙げるとするとデジタル化が「しづらい」領域こそ、日本企業がプラットフォームとして展開すべきところだということだ。

 日本は製造現場や工程に強みを持ってきた。ただ、製造業のデジタル化としては、製品設計やライン設計の3D化、IoT活用による機器管理など、デジタル化が「しやすい」領域から進んできている。例えば、機器の動きに関しては、センサーを通じて得られた振動、電流、稼働状況の数値データをモニタリングすることで管理や分析が可能となっている。

 しかし、熟練技能者をはじめとする人の作業をデジタル化、数値化することは難しく、進んでこなかった。人の動きや作業を分析するためには、複数のセンサーを組み合わせなければならず、大容量の画像や映像の分析なども必要となる。その上「どのような作業内容であればより生産性や品質として高いのか」といった基準や閾値の設定も非常に難しく、手間がかかる。現場や熟練技能者の動きはデジタル化が「しづらい」領域である。

 こうした領域こそ、日本の製造業が持つ他にない強みだといえる。これらの領域を筆者は「現場デジタルツイン」と呼ぶ。この現場デジタルツインは、デジタル化の中でホワイトスペースとなっていた部分であり、日本の製造業の多くが独自で磨き上げてきた暗黙知の集合体だといえる。こうした工程や現場の技術、ノウハウを丁寧にデジタル化していくことで、競争力のあるサービスに転換していけるのではないだろうか。世界がインダストリー4.0から、5.0へと変化する潮流の中で、日本の本来持つ強みやコンセプトを生かして競争力のあるソリューションを生んでいくことを期待したい。

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図8:デジタル化の構造と、日本の強み[クリックで拡大] 出所:筆者著書「製造業プラットフォーム戦略」より

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筆者紹介

小宮昌人(こみや まさひと)
JIC ベンチャー・グロース・インベストメンツ株式会社 プリンシパル/イノベーションストラテジスト
慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科 研究員

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 日立製作所、デロイトトーマツコンサルティング、野村総合研究所を経て現職。2022年8月より政府系ファンド産業革新投資機構(JIC)グループのベンチャーキャピタルであるJICベンチャー・グロース・インベストメンツ(VGI)のプリンシパル/イノベーションストラテジストとして大企業を含む産業全体に対するイノベーション支援、スタートアップ企業の成長・バリューアップ支援、産官学・都市・海外とのエコシステム形成、イノベーションのためのルール形成などに取り組む。また、2022年7月より慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科 研究員としてメタバース・デジタルツイン・空飛ぶクルマなどの社会実装に向けて都市や企業と連携したプロジェクトベースでの研究や、ラインビルダー・ロボットSIerなどの産業エコシステムの研究を行っている。加えて、デザイン思考を活用した事業創出/DX戦略支援に取り組む。

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「メタ産業革命」(日経BP)

 専門はデジタル技術を活用したビジネスモデル変革(プラットフォーム・リカーリング・ソリューションビジネスなど)、デザイン思考を用いた事業創出(社会課題起点)、インダストリー4.0・製造業IoT/DX、産業DX(建設・物流・農業など)、次世代モビリティ(空飛ぶクルマ、自動運転など)、スマートシティ・スーパーシティ、サステナビリティ(インダストリー5.0)、データ共有ネットワーク(IDSA、GAIA-X、Catena-Xなど)、ロボティクス、デジタルツイン・産業メタバース、エコシステムマネジメント、イノベーション創出・スタートアップ連携、ルール形成・標準化、デジタル地方事業創生など。

 近著に『製造業プラットフォーム戦略』(日経BP)、『日本型プラットフォームビジネス』(日本経済新聞出版社/共著)があり、2022年10月20日にはメタバース×デジタルツインの産業・都市へのインパクトに関する『メタ産業革命〜メタバース×デジタルツインでビジネスが変わる〜』(日経BP)を出版。経済産業省『サプライチェーン強靭化・高度化を通じた、我が国とASEAN一体となった成長の実現研究会』委員(2022)、経済産業省『デジタル時代のグローバルサプライチェーン高度化研究会/グローバルサプライチェーンデータ共有・連携WG』委員(2022)、Webメディア ビジネス+ITでの連載『デジタル産業構造論』(月1回)、日経産業新聞連載『戦略フォーサイト モノづくりDX』(2022年2月-3月)など。

  • 問い合わせ([*]を@に変換):masahito.komiya[*]keio.jp

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