なぜ電子音源が“生”の音を奏でるのか、ヤマハの歴史が生んだ新しいピアノ:小寺信良が見た革新製品の舞台裏(23)(4/4 ページ)
音の問題などで家でピアノを弾きづらい場合、練習用に電子ピアノを使うことがある。だが、やはり生楽器とは音もタッチ感も違ってしまう点がもどかしく感じる人もいるだろう。その中で、ヤマハが発表したサイレントピアノのシリーズとして「トランスアコースティックピアノ」は、電子でありながら”生ピアノ”に近づける工夫が幾つも施されている点で注目だ。
多彩な演奏体験を提供
―― 楽器としてのパフォーマンスについてお伺いしますが、これって、MIDIも出せるんですか。
太田 はい、MIDIも出せます。鍵盤についているセンサーで情報を電子音源に送るのですが、そこから取り出せるようになっています。
―― じゃあ、ピアノの音を出しながら別の音源も混ぜられると。クラシックではそんなことはしないでしょうけど、ライブ演奏ではいろいろ活用できそうですね。
細谷 当社はどちらかというと、家庭向けをターゲットとして捉えながらこのモデルを開発してきていますが、こんなにいろいろな機能があるんだったらライブで使ってみたいというアーティストのお声もあります。
例えばレイヤーモードというのがありまして、普通にアコースティックピアノとして鳴らしながら、内蔵電子音源も一緒に鳴らすという演奏もできます。これを使ってジャズアレンジで活用をしていただくケースも出てきております。
あとはソロピアノの時はアコースティックで鳴らして、バンドが入ってきた時には内蔵の電子音源に切り替えて、ラインアウトからPAを通してレベルを合わせて使う、といったライブのやり方の事例も伺っております。
「サイレント」は日本だけの需要じゃない
―― 以前からサイレント楽器の需要がありましたけど、もうコロナ禍になって3年、需要の変化ってありますか。
細谷 はじめはコロナ需要で巣ごもりが始まった時に、これはどっちに行くんだろうと思っていたのですが、結果的に需要は伸びています。やはりライフスタイルが変わり、家庭内でリモートで仕事をすることが増えてきた中で、家庭の中でもちょっと子供が騒がしいなとか、今弾きたいのに子供が宿題をしているから弾けないな、みたいなとこからくる需要は、すごくありますね。
こういった需要は日本だけで、家屋が比較的大きい米国ではあまりないのかなと思っていました。しかし意外なことに、米国でも求められるようになっており、非常にサイレントピアノやトランスアコースティックピアノの需要が、この時期からものすごく伸びて参りまして、今でも変わらずご好評いただいてます。
―― じゃあワールドワイドで売れてるってことなんですね? 日本独自の事情で売れてるわけじゃないと。
細谷 欧州も地域によっては集合住宅が多いので、元からそういう需要があったのですが、そこも伸びつつその他の地域でも素晴らしさというのを再認識いただいているという状況です。
ヤマハが最初にアップライトピアノの製造を始めたのが明治33年(1900年)のことだから、だいたい120年以上の歴史を持つことになる。これまでもピアノに対して多くの革命を起こしており、1978年に登場した「CP80」は、ロック/フュージョン界では数々の歴史的名盤にその音を残している。これは本当に弦をハンマーでたたき、その音をピックアップで集音するという、「エレクトリックピアノ」であった。
また1980年中頃には、生ピアノなのにMIDIが取り出せる「MIDIピアノ」を坂本龍一氏と共同開発。同氏の1986年のライブツアー「メディア・バーン・ライヴ」で使用された。
生ピアノ、電子ピアノ、電気ピアノ(エレクトリックピアノ)を極める一方、練習用として行きついたのが「サイレントピアノ」であるわけだが、今度はそこから生楽器のほうに少し戻るというアプローチを取ったのが「トランスアコースティックピアノ」というポジションだろう。
電子ピアノ、電気ピアノはかつての技術では生ピアノの代用品としては無理があったが、今やアコースティックとエレクトリックは「どちらでも」、あるいは「両方同時に」ができる、ハイブリッドに到達したことになる。
筆者紹介
小寺信良(こでら のぶよし)
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手掛けたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
Twitterアカウントは@Nob_Kodera
近著:「USTREAMがメディアを変える」(ちくま新書)
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