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なぜ電子音源が“生”の音を奏でるのか、ヤマハの歴史が生んだ新しいピアノ小寺信良が見た革新製品の舞台裏(23)(3/4 ページ)

音の問題などで家でピアノを弾きづらい場合、練習用に電子ピアノを使うことがある。だが、やはり生楽器とは音もタッチ感も違ってしまう点がもどかしく感じる人もいるだろう。その中で、ヤマハが発表したサイレントピアノのシリーズとして「トランスアコースティックピアノ」は、電子でありながら”生ピアノ”に近づける工夫が幾つも施されている点で注目だ。

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ピアノそのものの音響構造をフルに生かす

―― 「トランスアコースティックピアノ」のポイントは、スピーカーを使わずトランスデューサーで響板を振動させるというところかと思いますが、その効果というのはどういうところにあるんでしょう。

太田 アコースティックピアノのリッチな音響を音量調節しながら、そのまま体験できるところです。アコースティックピアノでも、打弦すると同時に響板が振動します。またダンパーペダルを踏むと、鍵盤を押していない弦もミュートが外れて、約200本の弦が複雑に共鳴して豊かな音色が生まれます。トランスアコースティックでも同じように共鳴します。

 トランスデューサーで響板を鳴らすということは、普通スピーカーであればコーン紙を振動させるところを、そのかわりに木製の響板を振動させて音を出すという事になります。つまり、もともとのピアノが持つ音響構造をそのまま利用して、まさにピアノらしいというか、ピアノのリッチな音響をそのまま体験できます。


トランスデューサーを使って、ピアノ音源を「響板」で鳴らす[クリックして拡大] 出所:ヤマハ

―― ヤマハさんはもう電子ピアノでも長い歴史の積み重ねがあって、スピーカーを使ってピアノの音を鳴らすというのは得意中の得意分野ですよね。ただそもそもが別の音響構造を持つピアノの中にスピーカーを入れても、音響構造的につじつまが合わなくなるんじゃないかとずっと思ってたんです。それを、いわゆるアクチュエータを使ってピアノ内の音響構造自体をそのまま鳴らすことで、矛盾をなくしているということですね。

太田 おっしゃる通りで、いろんな場所にいろんな種類のスピーカーを配置して、似たような音響体験ができるか試すというアプローチもあります。が、それはそれで難しく、それならアコースティックピアノそのものが持っている音響構造をフルに生かそう、という考え方で作られています。

「ジャズオルガンの音」も出せる

―― トランスデューサーで鳴らす音源ソースについて伺います。これは素人考えなんですけど、スピーカーならともかく、硬い板を鳴らすのであれば、集音したそのままを鳴らしても、元のピアノの音には復元されないような気がするんですよね……。

太田 なかなか大変でした。まずその電子音源の作りのところをご説明させて頂くと、サンプリング方式といって生のアコースティックピアノ、当社の商品でいうと「CFX」というコンサートグランドピアノを一音一音、強弱に応じて丁寧に調整してサンプリングします。

 その音源をトランスデューサーで出す直前では、イコライジングをしていまして、響板の特性を効果的に引き出すために、どういう周波数を整えていったらいいかというところを非常に丁寧に作り込んでいます。このイコライジングが、最終的な音の自然さ、それからキャラクターに効いてきます。

 このイコライジングは、ピアノの種類によってそれぞれ違います。グランドピアノとアップライトピアノでも違うし、アップライトピアノでも種類がたくさんあるので、それを一つ一つのアコースティックピアノのモデルごとに行い、ベストな状態をトランスデューサーに伝えています。

―― え、ということは、ピアノのキャラクターも変えられるわけですか。

太田 もちろんです。コンサートグランドもアップライトの音色も入っておりますし、ベーゼンドルファー「インペリアル」の音色も入っています。あとはジャズオルガンとか……。

―― オルガンも!?

細谷 はい、そういう需要もあったりします。特にジャズ系でいくと、ちょっとここのセッションだけはジャズオルガン使いたいけど、ここだけシンセサイザーのほうに行くのはちょっと、ということで、一台で済むといった活用になります。

音量のレベル感をどこに合わせるか

―― 生ピアノの音でボリューム調整できるとはいっても、ヘッドフォンで聴くのと違って、やはりピアノ的な音量があってこそのピアノの音じゃないかという気がするんですよね。ボリュームを絞ると、なんか違うなって感じになったりしないんですかね。

太田 ピアノに限らず一般的にはボリュームを絞ると、少し物足りなさを感じますよね。演奏者としては、音が抜けない、前に飛ばないという感覚になるかと思います。

 ですので、小音量にした時にもう少し明瞭なアタック感を出したりするなど、通常の音量とイメージが変わらないように、いろいろなパターンを組み合わせながら調整しています。

―― そこが実際一番苦労するところですかね。

細谷 実際開発の時も、どこのレベルが良いのか何度も行ったり来たりしています。これも新しいモデルが出るたびに最適化しますが、これは結構感覚的な感性の世界に入ってくるので、ピアニストや社内も含めて本当にさまざまな方の意見を伺いながら調整しています。そこがやはり楽器の「顔」になってくるので。

―― トランスアコースティックピアノも今回で3世代目になるわけですが、世代を重ねるごとにやっぱりちょっとずつ違ってきてるわけですよね。

太田 初代、2代目、3代目で、技術の進化とともにクオリティーが向上しています。また、キャラクターとして、前回の課題はこうだったから、次はこういう方向の音作りにしていこうという、音作りの方向性を定めながら作っているので、世代ごとに着々と進化しています。

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