インダストリー4.0がもたらしたもの、デジタル化に伴う製造業の構造変化:インダストリー5.0と製造業プラットフォーム戦略(1)(5/5 ページ)
インダストリー4.0に象徴されるデジタル技術を基盤としたデータによる変革は、製造業に大きな変化をもたらしつつある。本連載では、これらを土台とした「インダストリー5.0」の世界でもたらされる製造業の構造変化と取りうる戦略について解説する。第1回は、前提となるインダストリー4.0のインパクトについて解説する。
製造業の民主化と水平分業の進展
先述したラインビルダーの存在や、水平展開を容易とするデジタル技術活用が広がる中、製造業の実業務でも「水平分業」や「民主化」の動きが急速に進んできている。
従来は、製造業は自社で開発/設計、調達、製造、販売、サービスなどを自社で機能保有する必要があった。それが、製造機能に特化し製造を請け負うEMS(Electronics Manufacturing Services、電子機器受託製造サービス)や、ライン設計/導入に特化したラインビルダーが生まれるなど特定機能に特化した企業が生まれ、集約および機能の分業化が進んできた。デジタルツインにより製品設計や、生産ライン設計/製造オペレーションなどを形式知化できるようになってきていることが、それを加速度的に進めている。さらにIoTプラットフォーマーや、マッチング/シェアリング企業など新たなサービス企業が加わりさらなる機能の水平分業が進む見込みだ。
以前、3Dプリンタや3D CAD(設計ツール)の登場で誰もがモノづくりを行うことができる「メーカーズ」ムーブメントが話題となった。アイデアや構想さえあればモノづくりができるようになり、多くのメーカーズスタートアップが生まれた。同時にこれらを支援する動きとして、中国の深せんなどを中心に、企画やアイデアをもとに量産設計・製造を支援する企業や、モノづくりに必要な設備が常設してありアイデア・構想を基にモノづくりを試行できる「メーカーズスペース」がグローバルで拡大した。しかし、これらの動きは3Dプリンタや工作機械で対応できる領域に限られていた部分もあった。それが、デジタル化やインダストリー4.0の進展の中で、ノウハウの塊とされる自動車業界にも広がっている。モノづくりの民主化から「製造業の民主化」へ段階が深化している。
技術やノウハウの調達で早期キャッチアップする新興国メーカー
製造業における民主化はどのような形で進んでいるのだろうか。ここでは、デジタル技術を活用し技術やノウハウの調達を通じた早期キャッチアップを果たしている例として、ベトナムの自動車メーカーのVinFast(ビンファスト)の例を紹介する。
同社はベトナム最大のコングロマリットVinグループの傘下として2017年に設立された自動車メーカーである。Vinグループは不動産をはじめとしたコングロマリット企業で自動車製造、さらには製造業のノウハウや経験はない。いわば製造業では「素人」なのである。その中で、BMWから車体ライセンスを購入し設計3Dデータを活用するとともに、BMWのラインを構築したラインビルダーを活用することで、早期市場投入を実現している。
同社のように製品設計やライン設計のノウハウがなくともデジタル技術や外部企業活用により新規参入する企業が増え、「製造業の民主化」や参入ハードルの低下が起こっているのだ。既存のモノづくり企業としては、これら「製造業」の参入ハードルが極小化しコモディティ化する状況を想定して戦略を検討する必要があるのだ。一方で、モノづくりの水平分業が進み、民主化する中で、日本企業のチャンスも生まれる。先述の通り、デジタル技術/外部企業活用などの「調達」を通じてモノづくりオペレーションの立ち上げや高度化がグローバルで行われるようになり水平分業が進んでいる。その中で、技術力を有する企業にとって強みを生かして自社のノウハウを提供し、外販ソリューションとして展開する機会にもつながっている。日本企業としてこれら製造業で起こる構造変化を踏まえた戦略が求められる。
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筆者紹介
小宮昌人(こみや まさひと)
JIC ベンチャー・グロース・インベストメンツ株式会社 プリンシパル/イノベーションストラテジスト
慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科 研究員
日立製作所、デロイトトーマツコンサルティング、野村総合研究所を経て現職。2022年8月より政府系ファンド産業革新投資機構(JIC)グループのベンチャーキャピタルであるJICベンチャー・グロース・インベストメンツ(VGI)のプリンシパル/イノベーションストラテジストとして大企業を含む産業全体に対するイノベーション支援、スタートアップ企業の成長・バリューアップ支援、産官学・都市・海外とのエコシステム形成、イノベーションのためのルール形成などに取り組む。また、2022年7月より慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科 研究員としてメタバース・デジタルツイン・空飛ぶクルマなどの社会実装に向けて都市や企業と連携したプロジェクトベースでの研究や、ラインビルダー・ロボットSIerなどの産業エコシステムの研究を行っている。加えて、デザイン思考を活用した事業創出/DX戦略支援に取り組む。
専門はデジタル技術を活用したビジネスモデル変革(プラットフォーム・リカーリング・ソリューションビジネスなど)、デザイン思考を用いた事業創出(社会課題起点)、インダストリー4.0・製造業IoT/DX、産業DX(建設・物流・農業など)、次世代モビリティ(空飛ぶクルマ、自動運転など)、スマートシティ・スーパーシティ、サステナビリティ(インダストリー5.0)、データ共有ネットワーク(IDSA、GAIA-X、Catena-Xなど)、ロボティクス、デジタルツイン・産業メタバース、エコシステムマネジメント、イノベーション創出・スタートアップ連携、ルール形成・標準化、デジタル地方事業創生など。
近著に『製造業プラットフォーム戦略』(日経BP)、『日本型プラットフォームビジネス』(日本経済新聞出版社/共著)があり、2022年10月20日にはメタバース×デジタルツインの産業・都市へのインパクトに関する『メタ産業革命〜メタバース×デジタルツインでビジネスが変わる〜』(日経BP)を出版。経済産業省『サプライチェーン強靭化・高度化を通じた、我が国とASEAN一体となった成長の実現研究会』委員(2022)、経済産業省『デジタル時代のグローバルサプライチェーン高度化研究会/グローバルサプライチェーンデータ共有・連携WG』委員(2022)、Webメディア ビジネス+ITでの連載『デジタル産業構造論』(月1回)、日経産業新聞連載『戦略フォーサイト ものづくりDX』(2022年2月-3月)など。
- 問い合わせ([*]を@に変換):masahito.komiya[*]keio.jp
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