「クルマのスマホ化」の前に、「ケータイの垂直統合の終わり」を振り返る:石川温の再考・クルマのスマホ化(1)(2/2 ページ)
「モバイル端末は人々の生活を大きく変えたメガトレンドだった。次のメガトレンドはモビリティだ」。そもそも日本のケータイビジネスはどのようにして成長してきたのか。ケータイを作っていたメーカーの立ち位置は? 石川温氏が解説する。
スマートフォンがキャリアの「垂直統合」に与えた影響は
2007年、垂直統合のモバイル業界に風穴を開けたのがアップルの「iPhone」とグーグルの「Android」だった。彼らは自分のたちの作りたいスマートフォンを開発し、キャリアに売らせた。これまでキャリアがコントロールしていたネットワーク容量などはお構いなしだ。ケータイからスマートフォンになったことにより、PCと同じく大量にデータが流れてしまう。
ちなみに当時、iPhoneを国内キャリアで独占的に扱っていたソフトバンクは、iPhoneの「テザリング機能」をかたくなにユーザーに使わせなかった。なぜなら、テザリング機能によってデータが大量に流れれば、ネットワークに負荷がかかり、パンクしかねないからだ。
iPhoneやAndroidスマートフォンが登場したことで、アプリの配信はアップルやグーグルが行い、ゲームや音楽などの課金もアップルやグーグルが担うことになった。これまでキャリアが自主的に提供していたサービスや課金代行などの「うまみ」が、アップルとグーグルに奪われてしまったのだ。
これにより、キャリアは単にネットワークを提供する「土管屋」に成り下がってしまったのだ。
「iPhone 3G」は日本で2008年7月11日に発売された。発売に際し、当時ソフトバンクの社長だった孫正義氏は「これほど人々に感動を与える製品というのは、歴史上何回かしか現れない」と語った[クリックで拡大]
日本のモバイル業界は、スマートフォンの上陸により、垂直統合から、「ネットワーク」「端末」「サービス」「課金」がバラバラとなる「水平分離(水平分業)」にシフトしていったことになる。
スマートフォンはモノづくりにおいても「水平分離」となっている。Androidは、OSをグーグルが開発する一方で、モデムやプロセッサはクアルコムだけでなく、サムスン電子やファーウェイが手掛けている。端末の製造ではサムスン電子やソニー、シャープ、さらにOPPOやXiaomiといった中国メーカーが台頭している。実際の製造においては、中国や台湾に製造だけを請け負うメーカーが多数、存在する。工場を抱えなくても、製品を発注すれば、出来上がってしまうのだ。
アップルも工場を持たないファブレス企業だ。ただし、OSやハードウェア、アプリケーションプロセッサといった重要な領域は自社開発で、サービスも自社で提供している。Androidが垂直分離なのに対して、アップルのモノづくりは垂直統合なのだ。
自動車産業の水平分離?
これまでメーカーを頂点にし、下請け企業に支えられてきた「垂直統合」である日本の自動車メーカーも、EVやコネクテッドカーが本格化することで「水平分離」のモノづくりに変わっていくのかもしれない。
例えば、ソニーが2020年に「VISION-S」を発表した際には、実際の製造は欧州などの自動車メーカーのOEM生産を手掛けるオーストリアのマグナ・シュタイヤーが行っていた。ホンダとの提携により、クルマの走行性能や安全性能の確保などはホンダが手掛ける一方で、車内空間やコネクテッドなどはソニーが担当することになる。実際にクルマのOS部分はAndroidベースになるのだろう。
また別の例だが、これまでスマートフォン向けのプロセッサやモデムで存在感を出していたクアルコムは、自動車のシャシーや車内エンタテイメントのプラットフォーム「Snapdragon Digital Chassis」をホンダやボルボ、ルノーなどに提供するという。
一時期、「グーグルやアップルも自分たちでクルマを作るのではないか」「彼らが持つAI(人工知能)技術を投入し、自動運転車を開発するのではないか」といわれていたが、最近はややトーンダウンしている感がある。ただ、アップルは2022年6月に開催された開発者向けイベントで、iPhoneの情報を車内のディスプレイに表示する「CarPlay」を多機能化していく方針を示した。車速や車内温度などの情報も表示し、さらに車内のユーザーインタフェースまで提供するとした。CarPlayでの成功をさらに広げていくというわけだ。
将来的にはコネクテッド関連はクアルコム、車内のエンターテインメントはソニー、OSはグーグルやアップルが提供し、自動車メーカーは外部からモーターや電池を調達しつつ、走りやデザイン部分だけを担当するという「水平分業」にシフトしてもおかしくない。
モバイル業界で起きた地殻変動が自動車業界に波及するのは時間の問題なのだ。
石川温(いしかわ つつむ)
月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。
ラジオNIKKEIで毎週木曜午後8時20分からの番組「スマホNo.1メディア」に出演(radiko、ポッドキャストでも配信)。
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