「クルマのスマホ化」の前に、「ケータイの垂直統合の終わり」を振り返る:石川温の再考・クルマのスマホ化(1)(1/2 ページ)
「モバイル端末は人々の生活を大きく変えたメガトレンドだった。次のメガトレンドはモビリティだ」。そもそも日本のケータイビジネスはどのようにして成長してきたのか。ケータイを作っていたメーカーの立ち位置は? 石川温氏が解説する。
ソニーが電気自動車(EV)「VISION-S」を開発した。2025年の商品化に向けてホンダと業務提携も行った。ソニーグループ 代表執行役 会長 兼 社長 CEOの吉田憲一郎氏は常々「21世紀に入って人々の生活を大きく変えたメガトレンドはモバイルで、次のメガトレンドはモビリティだと位置付けている」と語る。ソニーはモバイルからモビリティにシフトしつつあるのだ。
いまから四半世紀前、モバイル業界では日本のメーカーがこぞってケータイを作っていた。パナソニック(当時は松下電器産業)、NEC、東芝、日立製作所、三菱電機、三洋電機、シャープ、富士通、旧ケンウッド、パイオニア、カシオ計算機、京セラ、ソニー、日本無線など10社以上のメーカーがひしめき合っていた。しかし、現在、スマートフォンを販売している日本メーカーはソニー、シャープ、富士通、京セラの4社のみとなってしまった。携帯電話機事業から撤退したところもあれば、会社自体が消滅してしまったところもある。
ケータイのころ、日本メーカーが強かったのは「垂直統合」モデルに支えられていたからだ。メーカーに対して、開発、製造の発注をかけるのはNTTドコモやKDDIなどのキャリアだ。キャリアたちが、通信に関する仕様を決め、メーカーと交渉。メーカーは仕様に沿った製品を開発し、製造した端末をキャリアが購入し、販売店が売っていく。
メーカーはあくまでキャリアにとって「下請け」であり、販売されるケータイはメーカーではなくキャリアの製品という位置付けだ。そのため、メーカーが独自に宣伝をしたり、メディアに売り込んだりといった行為も当時は御法度とされていた。
ただ、メーカーにとってみれば、キャリアが発注した台数だけを製造すればいいし、その分だけを納入するので、在庫などを抱えることもなく、実に安定したビジネスとなっていた。一方のキャリアも、メーカーから製品を1台あたり数万円で買い取るが、ショップでは「1円」や「0円」でばらまいていた。ほとんどタダのように端末をばらまく一方で毎月の通信料収入で稼ぐことができたので、こうしたビジネスモデルが成立したのだった。
キャリアは、全国に基地局を建て、無線によるネットワーク網を構築している。所有する周波数の幅は限られている。そのため、万が一、ケータイが大量の通信を発生させることなどがあれば、途端にネットワークはパンクしてつながらなくなってしまう。キャリアは所有する周波数の幅と通信規格から、端末1台当たり、どれくらい通信を許容できるかを計算し、それに応じてケータイのスペックを決めてメーカーに仕様を発注していたのだった。キャリアはネットワークの容量を見極めつつ、端末の仕様を決めていたというわけだ。
さらにケータイには、NTTドコモの「iモード」やKDDIの「EZweb」といったインターネット接続機能や、音楽再生機能、おサイフケータイ機能などを盛り込んでいった。単に通信料の収入だけでなく、コンテンツでももうかる仕組みを構築したのだった。ネットワーク、端末、サービス、さらには通信料金と一緒にコンテンツ料金を回収する仕組みを作り上げる「垂直統合」により、キャリアの影響力は増していったのだ。
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