リチウムイオン電池を長持ちさせたいときに気を付けること:今こそ知りたい電池のあれこれ(8)(3/3 ページ)
今回は電池の寿命や劣化に関するあれこれについて、電池評価に携わる立場からの所見をまとめていきたいと思います。なお、昨今のスマートフォンや電気自動車(EV)などに使用されている電池の多くは「リチウムイオン電池」であるため、本稿はその前提で話を進めていきます。
大きな要因の1つは「電解液の分解」です。電解液の分解反応は電池の残容量が多い状態、つまり100%に近いときほど進行しやすい傾向があります。そのため、あまり電池が消費されていないうちから頻繁に継ぎ足し充電をしてしまうと、電解液が分解されやすい状態でいる時間が長くなり、電池寿命に悪影響を与える恐れがあります。
もう1つの大きな要因は「活物質の反応」です。これまでのコラムの中でも何度か解説してきましたが、活物質の多くは充放電によってリチウムイオンが出入りすることで、少なからず膨張・収縮といった体積変化や結晶構造の変化を起こします。そして、そういった反応の生じやすさは一様ではなく、活物質の種類や電池の容量範囲によって異なる挙動を示します。
負極活物質として一般的な黒鉛(グラファイト)の場合、電池容量の70%〜60%領域と20%〜10%領域で構造変化が生じるといわれており、この領域を通過する回数が多いほど負極の損耗が激しくなり、電池寿命が低下する可能性があります。
正極活物質においても、含有金属の種類(ニッケル、コバルト、マンガンなど)や結晶構造によって反応する電圧、すなわち寄与している容量範囲領域が異なります。そのため、あまり頻繁に継ぎ足し充電を繰り返し、特定の容量領域を集中的に使用すると、そこに反応点をもつ材料のみが酷使されて大きな負荷がかかってしまい、電池寿命の低下につながる恐れがあります。
そうはいっても、一般ユーザーが電池搭載製品を日常的に使用する場合、電池に含まれる材料種とその反応点を考慮して、充放電状態を管理するというのは非現実的です。以下の2点を意識し、現実的に無理のない範囲での運用を心掛けるとよいかと思います。
- 電池の残容量100%付近で保持する時間をなるべく短くする
- あまり細かい範囲でちょこちょこと継ぎ足し充電をするのを避け、電池の広い容量範囲(おおよそ75%〜25%程度)を満遍なく使用する
ながら充電の影響は
充電しながら操作し続けると電池の寿命が縮む? 答えは(〇)[クリックで答えを表示]
充電しながらの操作は、これまでに紹介してきた「高負荷による発熱」「電池残容量100%付近の長時間保持」が生じやすいため、あまり望ましい状態ではありません。最近の製品は充電中に大きな負荷がかからないように制御されているものも多いですが、明らかな発熱を感じるようであれば使用を控えた方がよいでしょう。
【まとめ】
- 電池が過度に発熱するような(炎天下での酷使、充電しながらの操作などの)使用は控える
- 普段よりも電池の持ちが悪いと感じるほど冷えた状態では充電(特に大電流)を控える
- 電池容量100%付近で保持する時間をなるべく短くする
- 頻繁な継ぎ足し充電は避け、なるべく広い容量範囲を満遍なく使用する
今回は概要をまとめてみましたが、リチウムイオン電池はその使用材料の組み合わせによって大きく特性が異なり、種々の運用条件によっても劣化傾向が変化します。また、電池は日々開発が進められており、劣化に関する諸問題も徐々に改善されてきています。そのため、今回ご紹介した内容についても、あくまでも現時点での一般論の1つとしてご理解いただければ幸いです。
種々の劣化傾向に関する論文を整理した内容(※2)が、科学技術振興機構 低炭素社会戦略センターより報告されています。この報告は「正極活物質」(三元系、LFP)、「負極活物質」(黒鉛、LTO)、「温度」「電流値」「容量範囲」などが劣化挙動に与える影響を各論文から抜粋して整理したものとなっています。より専門的な内容に興味のある方は一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。
(※2)リチウムイオン電池の劣化挙動調査:https://www.jst.go.jp/lcs/pdf/fy2019-sr-01.pdf
著者プロフィール
川邉裕(かわべ ゆう)
日本カーリット株式会社 生産本部 群馬工場 電池試験所
研究開発職を経て、2018年より現職。日本カーリットにて、電池の充放電受託試験に従事。受託評価を通して電池産業に貢献できるよう、日々業務に取り組んでいる。
「超逆境クイズバトル!!99人の壁」(フジテレビ系)にジャンル「電池」「小学理科」で出演。
▼日本カーリット
http://www.carlit.co.jp/
▼電池試験所の特徴
http://www.carlit.co.jp/assessment/battery/
▼安全性評価試験(電池)
http://www.carlit.co.jp/assessment/battery/safety.html
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- なぜリチウムイオン電池は膨らむ? 電解液を劣化させる「過充電」「過放電」とは
電池業界に携わる者の1人として、電池についてあまり世間に知られていないと感じる点や、広く周知したいことを、ささやかながら発信していきたいと思います。まずは連載第1回となる今回から数回にわたり、私たちの生活には欠かせない「リチウムイオン電池」の安全性について解説していきます。 - リチウムイオン電池で発熱や発火が起きる要因を整理しよう
小型電子機器やモバイルバッテリーの発火事故、ごみ収集車や集積場の火災、電気自動車からの出火など、リチウムイオン電池の普及に伴い、それに起因する発火・炎上はたびたび問題となっています。発熱、発火、爆発といった事故は用途を問わず大きな問題となりかねない事象です。今回は「リチウムイオン電池の異常発熱問題」について解説していきたいと思います。 - ホンダがインドで電動三輪タクシー、エンジン車より安く、走行距離は気にならない
ホンダは2021年10月29日、2022年前半からインドで電動三輪タクシー(リキシャ)向けにバッテリーシェアリングサービスを開始すると発表した。 - 中国でEV用バッテリーをターゲットに保険やサービス、パナソニックと三井住友海上
パナソニック、中国太平洋財産保険、三井住友海上火災保険は2021年11月8日、中国で電気自動車(EV)向けの新たな保険商品やサービスの提供や、新たな事業創出に向けて協力する協定を締結したと発表した。 - 駆動用バッテリーのリユースへ中古車事業者も参入、リーフの電池は鉄道設備に
電気自動車(EV)などの駆動用リチウムイオンバッテリーのリユースに向けた取り組みが活発化してきた。日産自動車と住友商事の共同出資会社であるフォーアールエナジーは、鉄道の踏切保安装置の電源に日産「リーフ」から取り出した再生バッテリーを試験導入する。また、中古車のインターネットオークションを手掛けるオークネットは投光器やライトなどLED製品を手掛けるMIRAI-LABOとともに、使用済みの駆動用バッテリーの再生、流通に取り組む。 - トヨタの超小型EVは“エンジン車並み”を意識せず、電池を含めたビジネスの第一歩に
トヨタ自動車は2020年12月25日、2人乗りの超小型EV(電気自動車)「C+pod(シーポッド)」を法人や自治体向けに限定発売したと発表した。日常生活の近距離移動や定期的な訪問巡回に向けたモデルだ。WLTCモードで高速道路モードを含まない走行距離は150km。最高速度は時速60km。個人向けの本格販売は2022年を予定している。価格は165万〜171.6万円。 - 全固体電池で注目高まる「電解質」、固体にするだけでは意味がない!?
今回は、リチウムイオン電池の正極と負極の間にある「電解質」、そして「全固体電池」について解説していきます。