火山の噴火予知につながる!? 世界最小の波長掃引量子カスケードレーザーを開発:組み込み開発ニュース
NEDOと浜松ホトニクスは、同社独自のMEMS技術と光学実装技術を活用することにより、従来製品の約150分の1となる「世界最小サイズ」の波長掃引QCL(量子カスケードレーザー)を開発した。火口付近の火山ガスを、長期間かつ安定的に、リアルタイムでモニタリングできる持ち運び可能な分析装置の実現につなげられる。
NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)と浜松ホトニクスは2021年8月17日、同社独自のMEMS(微小電気機械システム)技術と光学実装技術を活用することにより、従来製品の約150分の1となる「世界最小サイズ」(ニュースリリースより)の波長掃引QCL(量子カスケードレーザー)を開発したと発表した。この波長掃引QCLを用いることで、火口付近の火山ガスを、長期間かつ安定的に、リアルタイムでモニタリングできる持ち運び可能な分析装置の実現につなげられる。また、化学プラントや下水道での有毒ガスの漏えい検出や大気計測などへの応用も期待できるという。
量子カスケードレーザー(QCL)は、発光層に量子構造を用いることで中赤外(波長4μ〜10μm)から遠赤外(波長3μm〜1mm)の波長領域において高い出力を得ることができる半導体レーザー光源だ。このQCLを用いた波長掃引QCLは、QCLからの中赤外光を分光し反射するMEMS回折格子を電気的に制御し傾きを高速に変化させることで、中赤外光の波長を高速に変化させて出力できる。
今回新たに開発した波長掃引QCLは、QCLそのものと波長掃引の仕組みの2点で小型化の工夫が盛り込まれている。まずQCLでは、体積の大部分を占めるMEMS回折格子について、浜松ホトニクスの独自のMEMS技術を基に設計を抜本的に見直すことで従来比約10分の1の小型化を実現した。波長掃引の仕組みでは、小型の磁石の採用と配置の工夫によって不要なスペースを削減した。そして、独自の光学実装技術により構成部品を0.1μm単位で高精度に組み立て、従来製品と比較し約150分の1のサイズとなる世界最小の波長掃引QCLを実現した。
分析対象となる火山ガスを効率よく分析するには、波長掃引QCLから出力する中赤外光について、火山ガス成分である二酸化硫黄(SO2)や硫化水素(H2S)などに吸収されやすい7μ〜8μmの範囲で掃引し出力する必要がある。これについても、浜松ホトニクスが長年培ってきた、ナノレベルの超薄膜半導体の積層によって生じる量子効果を利用した量子構造設計技術による新開発のQCL素子の搭載で実現した。さらに、7μ〜8μmの範囲から特定の波長を選択して出力できる波長可変型QCLも開発した。
新開発の波長掃引QCLの主な仕様は、レーザーがパルス駆動、掃引波長が7μ〜8μm、波長分解能が約15nm、最大ピーク出力が約150mW、外径寸法が13×13×30mmとなっている。
この波長掃引QCLと、AIST(産業技術総合研究所)のセンシングシステム研究センターが開発した駆動システムを組み合わせることにより、波長掃引QCLの高速な波長掃引が可能になる。20ms以下で中赤外光の連続スペクトルを取得することができるので、時間的に高速に変化する現象を分析することが可能になる。
電極を使ってガスを検知する電気化学式センサーを代替
火山の噴火予知では、噴火の数カ月前から濃度が上昇する火山ガス中のSO2やH2Sなどをモニタリングする手法が一般的であり、現在はそのための分析装置として電極を使ってガスを検知する電気化学式センサーが用いられている。しかし、この電極は火山ガスと接するため寿命が短く性能が劣化しやすいことから、部品交換などのメンテナンスが欠かせない他、長期間の安定的なモニタリングが難しいという課題があった。
一方、寿命が長い光源や光検出器を用いる全光学式の分析装置は、メンテナンスの手間が少なく、高い感度で長期にわたり安定して成分を分析することができるので、電気化学式センサーの課題を解決できる。ただし、光源のサイズが大きく装置が大型になってしまうため、火口付近への設置が難しいという問題を解決する必要があった。
NEDOの開発プロジェクト「IoT社会実現のための革新的センシング技術開発」では、これらの問題を解決した全光学式で小型・高感度、かつ高いメンテナンス性を備えた次世代火山ガスモニタリングシステムの実現に向けて、2020年から浜松ホトニクスとAISTが参加して取り組みを進めていた。
今後は、新開発の波長掃引QCLを搭載した小型で高感度、かつ高いメンテナンス性を備えた次世代火山ガスモニタリングシステムを構築するとともに、多点観測などの実証実験を進める計画。また、浜松ホトニクスは、波長掃引QCLと駆動回路、同社の光検出器などを組み合わせたモジュール製品を2022年度内に発売し、中赤外光の応用拡大を図るとしている。
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