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目指すところは同じ――「富岳」が導くSociety 5.0の実現と新型コロナへの貢献モノづくり最前線レポート(2/2 ページ)

理化学研究所 計算科学研究センター長の松岡聡氏は「第13回スーパーコンピューティング技術産業応用シンポジウム」の基調講演に登壇した。本稿では「富岳:『アプリケーション・ファースト』でSociety 5.0を志向して研究開発された世界トップのスパコンとその技術」をテーマに行われた松岡氏の講演内容をレポートする。

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Society 5.0と富岳の目指すところは一致

理化学研究所 計算科学研究センター長の松岡聡氏
理化学研究所 計算科学研究センター長の松岡聡氏

 松岡氏は「Society 5.0と富岳の重点課題は一致している」と語った。Society 5.0は情報社会(Society 4.0)に続く“新たに目指すべき世界”として、第5期科学技術基本計画で提唱された。「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」とされる。

 特にSociety 5.0に向けて解決していく課題として挙げられているのが、エネルギーや食糧の需要増加に対する温室効果ガスの排出量削減や食糧の増産・ロス削減、高齢化に対する社会コストの削減、国際的な競争が激化する中で持続可能な産業の実現、富の集中に対する富の再分配や地域間の格差是正である。

 一方、富岳の開発に当たっては、2014年8月から2020年3月までの間に重点課題を設定していた。創薬や個別化医療・予防医療、観測ビッグデータを活用した気象予測、地震・津波による複合災害の予想システムの構築、新規エネルギーや変換・貯蔵・利用技術開発、高機能材料の創製や革新的設計・製造プロセスの開発など、Society 5.0の課題と重なる。

富岳はSociety 5.0において中心的役割を果たす
図5 富岳はSociety 5.0において中心的役割を果たす ※出典:理化学研究所 [クリックで拡大]

 Society 5.0においては、フィジカル空間にセンサーネットワークがあり、そこからの膨大な情報がビッグデータとしてサイバー空間に集積される。サイバー空間では、サイバーフィジカルシステム(CPS)、あるいはデジタルツインという形で一種の世界のproxy(プロキシ)がある。そこでの挙動をAIで解析し、その解析結果がフィジカル空間にさまざまな形でフィードバックされる。このプロキシはまさに富岳で実践されるAI、ビッグデータを統合したシミュレーション技術そのものになる。

新型コロナ対策にも貢献

 社会課題の解決基盤として初めて出てきた成果が、COVID-19克服に向けた取り組みである。理化学研究所は、2021年に本格稼働予定だった富岳の利用を一部前倒ししてスタートし、COVID-19克服に向けた研究課題の公募を開始した。現在、承認された6つのテーマでプロジェクトが進行中である。なお、理化学研究所 計算科学研究センター(R-CCS)は、2020年3月に米国で設立された、スパコンを用いた新型コロナウイルス対策研究のコンソーシアム(COVID-19 High Performance Computing Consortium)に参加している。

 富岳で実施されている医学分野のテーマは、新型コロナウイルスの治療薬候補の同定、新型コロナウイルス表面のタンパク質動的構造予測、新型コロナウイルス関連タンパク質に対するフラグメント分子軌道計算である。最近、COVID-19重症化に関するヒト遺伝子の解析も加わった。社会的側面からは、室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策、パンデミック現象および対策のシミュレーション解析が行われている。

 例えば、治療候補薬の同定では、ウイルスの増殖を制御する目的で、既存の薬が効く可能性を評価した。液体中のタンパク質と、既に新型コロナウイルス以外で治療薬として使われている候補薬剤の動きを分子動力学計算によって詳細にシミュレーションすることにより、タンパク質への結合のしやすさを調べ、有力な候補を明らかにした。

 また、室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測では、発話や咳などによって発生する飛沫の量やサイズ分布などの詳細な実験データを基に、さまざまな環境における高精度の飛沫飛散シミュレーションを実施中である。ソーシャルディスタンスの裏付けとなる飛沫の到達距離の可視化や、飲食時のリスク、オフィスや公共機関、カラオケ店などにおいて必要と考えられる換気条件、屋外でも条件によっては飛沫到達リスクがあるといった結果を発表している。

 これらの結果を基に、各省庁や企業が参画して、ワンタッチで開く飲食用フェイスシールドを開発、設計情報をオープンデータとして公開した。理化学研究所がフェイスシールドについて科学的検証を行い、サントリー酒類および凸版印刷が実用性の検証および具現化に取り組んだ。飲食のしやすさに配慮するとともに、フレームパーツを極力削減し、見た目に配慮した。また運用面や構造の安全性にも配慮している。

 今後も富岳では、COVID-19対策をはじめ、AIとシミュレーション、クラウド、エッジコンピューティングを複合した新しいモノづくりや、防災などをはじめとする取り組みの形を模索していくという。

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