仮想実験室からデジタルツインへ、富岳が実現する自動車業界のCAEの形とは:VINAS Users Conference 2019(1/4 ページ)
ヴァイナスのユーザーイベント「VINAS Users Conference 2019」で、理化学研究所 計算科学研究センター・神戸大学大学院システム情報学研究科 計算科学専攻 チームリーダー・教授/博士(工学)の坪倉誠氏が登壇し、「HPCシミュレーションとデータ科学の融合による新たな自動車空力について」をテーマに講演を行った。
ヴァイナスは2019年10月10日、東京都内でユーザーイベント「VINAS Users Conference 2019」を開催。同社が扱うCAEソフトウェアの最新情報やユーザーが取り組むCFD(数値流体力学)やHPC(High Performance Computing)を用いた研究内容などを発表した。
本稿では、自動車業界の空力シミュレーションなどについて述べた「HPCシミュレーションとデータ科学の融合による新たな自動車空力について」を取り上げる。同講演には、理化学研究所 計算科学研究センター・神戸大学大学院システム情報学研究科 計算科学専攻 チームリーダー・教授/博士(工学)の坪倉誠氏が登壇した。
同講演では、スーパコンピュータ(以下、スパコン)「京」から得たビッグデータを活用し、自動車の形状における空力性能の最適化の事例を紹介した。また、京の100倍の計算速度を目指す後継機「富岳」の活用を見据えた機械学習の適用についても述べた。
CUBEと自動車の空力シミュレーション
理化学研究所 計算科学研究センターでは、統一的データ構造に基づく統合シミュレーションフレームワーク「CUBE」の研究開発に取り組んでいる。この研究では、将来の富岳の活用に向け、リアルタイムシミュレーションの実現、実運転環境における予測精度向上を目指す。CUBEでの多目的最適化、データ同化技術とディープラーニングの活用について研究を進めている。
CUBEは階層型の直交格子(メッシュ)有限体積法を解法とし、「LES(Large Eddy Simulation)」で高精度なシミュレーションを実現する。また、流体と構造、化学反応などを連成させるアルゴリズム構築にも取り組む。このアルゴリズムでは、シミュレーションの対象全体を見渡す統一的データ構造による偏微分方程式解法と、流体・構造の連続体を統一的に扱える基礎方程式を用いる。「階層直交格子を用いることで高い並列性能を得て、メッシュ数をどんどん増やしていける」(坪倉氏)。さらに、車両の流体騒音のシミュレ−ションにも最適だという。
CUBEのプログラムは、「直交格子積み上げ法(Building Cube Method:BCM)」を用いている。この手法では、モデルを「Cube」と呼ばれる小領域に分割。分割されたCubeに計算コアの計算負荷を等しく与えて平準化する。これにより、プロセッサの単体性能が向上し、かつ並列性能も高まる。
さらに「埋め込み境界法(Immersed Boundary Method:IB法)」は、複雑な形状や移動境界に適した境界処理が行える。「階層直交格子では表面の形状を直接計算することができない。この欠点を補完するためにIB法を用いている。エンジンでバルブとピストンが摺動する様子のシミュレーションでは、従来の移動境界を用いた手法では並列性能が出づらいが、CUBEでは優れた並列性能を得ることが可能だ」(坪倉氏)。
また、CAEのモデル(サーフェスの作成)に適さない「汚いCADデータ(Dirty CAD)」の補修機能も備える。「Dirty」は、3D CADの設計データをそのままモデルとして持ってくる場合でよく見られる、いわゆる部品や部材間のギャップ、データの重なり、厚みがないといった状態のデータを多く含んでいることを示す。CUBEはDirtyな3Dデータを特に修正せずに用いても、そのままメッシュ作成が素早く行えることが特長である。
最適化シミュレーションの取り組み
同研究センターでは自動車メーカーとともに、CUBEを用いて6種類の形状違いの車両フルスケールモデルを用いた空気抵抗のシミュレーションで精度検証を実施した(図2)。
「規格の定める厳しい基準をクリアするため、車両開発の際に複数の仕様違いの車両について全て風洞実験をするのは難しい。欧州メーカーを中心に、風洞実験をCFDに置き換える議論が進んでいる」(坪倉氏)
空気抵抗の最大値と最小値は実測値とし、その間の値はΔ(デルタ)として算出。CD値は絶対値を扱わず、それぞれの値の差を求める。そうすることにより、メッシュ数を削減することが可能だという。
この評価ではLESによる非定常大規模空力シミュレーションを実施。表面解像度は6mm程度で、総格子数は約1億セル。京による数百ノードの計算リソースを割いて、メッシュ作成の時間込みで数時間かかる計算となった。シミュレーションでは車両のタイヤを回転させているが、CUBEの移動境界の扱いが得意な特性を生かせたという。
図3のグラフは、青色が実験結果、赤色がCUBEによる計算結果を示す。
図3の左側はCD値の絶対値(Normalized CD)の比較、右側はベースモデルとの差(ΔCdA)を示している。CUBEは、実験結果(実測)と比較して6〜7%ほど過小評価する傾向にある。ΔCdAは風洞実験とほぼ一致し、誤差は±0.015以内にとどまったという。
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