“超アナログ”のタンカー配船計画、出光はどうやってデジタルツイン化したのか:船も「CASE」(4/4 ページ)
海運業界で進む「ICT活用」は操船や運航に関連した分野だけではない。メンテナンスや配船といった広い業務に広がりつつある。2020年6月30日に出光興産とグリッドから発表があった「石油製品を運ぶ内航船の海上輸送計画(配船計画)を最適化する実証実験」も、海運業界におけるICT導入の試みだ。
24時間365日続く、終わりのない業務の負担を軽減
配船計画は2週間先を1つの期間として立案する。しかし、気象情報など日々刻々変化していく。現在も、その変化に合わせて新しい配船計画を立案してアップデートする。現在は午前午後の1日2回で配船計画をアップデートしているが、AIによる配船計画を利用すれば、状況に応じて必要なアップデートを行うことができる。1時間ごとのアップデートも可能だ。ちなみに1時間ごとの配船計画アップデートを現在の体制で実施するのは「絶対に無理」(村上氏)とのこと。
長い期間大きな業務改革がなかった海運関連従事者にとって、新しい技術の導入には抵抗を示すことが多い。出光興産でも同様で、実証実験プロジェクト開始当初は否定的な意見も多かった。しかし、精度の高い配船計画を出力するようになってから、スタッフはその可能性に期待するようになってきたという。
その可能性とは、AIによる配船計画立案システムを導入することによって、これまで「昼夜を問わず稼働を続ける船舶輸送は24時間365日続くので終わりがない」(村上氏)という配船業務の精神的・体力的の過大な負担が大幅に軽減され、「人間でないとできない新たな価値を創造する業務に労力を向けることができる」(村上氏)ことこそが、スタッフが期待する可能性という。
加えて、今回構築したシミュレーションモデルは「デジタルツイン」の名の通り、出光興産の配船業務をそのまま忠実に再現している。このモデルを他の業務改善に活用できるだろうか。曽我部氏は、その可能性について「いろいろな使い方できるとも思います。シミュレーターだけ使っても計算して結果を評価できるので、例えば、災害が発生した場合の対策などを試行錯誤はいろいろと試すことができます」と答えている。
AI開発を手掛けるシステム会社は、多くの場合、ビッグデータ(過去データ)を、一般的なアルゴリズムを使ってパターン認識をしているだけにすぎない。技術力の高い会社が深層強化学習に向いているロボット制御や、自動運転技術の開発を手掛けるケースがあるが、グリッドは、構成要素が複雑でシミュレーションモデルの構築が難しく、かつ、多種多様なルールが存在する現実のビジネスに、適用が困難とされている実社会問題を解決する深層強化学習を使ったAIの開発に取り組んでいる。その理由について、曽我部氏は、「グリッドはもともとインフラへの関心が高い企業。社会に役立てるシステムを開発したいと考えています」と説明する。
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